すべてが猫になる

ヤフーブログからお引越し。

サスペンス作家が人をうまく殺すには/Finlay Donovan is Killing It  (ねこ4.2匹)

エル・コシマノ著。辻早苗訳。創元推理文庫

売れない作家、フィンレイの朝は爆発状態だ。大騒ぎする子どもたち、請求書の山、撒き散らされたコーヒーの粉。もう、だれでもいいから人を殺したい気分――とはいえ、本当に殺人の依頼が舞い込むとは! レストランで小説の執筆の打ち合わせをしていたフィンレイは、隣席の女性に話の内容を誤解され、殺し屋と勘違いされてしまう。殺しの依頼を断ろうとするも、なんと本物の死体に遭遇して……。本国で話題沸騰、息つく間もないサスペンス!(裏表紙引用)
 
初読み作家さん。タイトル買い。アメリカの作家さんで、YA文学では様々な賞を受賞している実力派らしい。
 
すっごく面白かった!ロマンティックサスペンス作家(売れない)のフィンはバツイチの二児の母。ある日レストランで作品の打ち合わせをしていたところ、隣に座っていた女性に本物の殺し屋だと勘違いされ仕事を依頼されてしまう。断ろうとしても全てが裏目裏目に出て、とうとうターゲットを車のトランクに乗せて自宅のガレージに押し込む事態に。しかしあることに気づいたフィンは、ターゲットを殺したのは自分ではなく、ガレージに忍び込んだ何者かであることを確信する。
 
巻き込まれって言うけど、そもそも、もらったメモのところに電話してターゲット検索して尾行したりしてる時点で…(笑)。最初はバタバタと余裕のないだらしのないフィンにいい感情は抱かなかったけれど、なんだかんだ子どもを元夫に取られたくないって気持ちは伝わるし根っこのところでお人好しで冷酷になれないタイプ。相棒になったシッターのヴェロは真逆の性格なんだけど、フィンの手綱を握ってる感じがしていいコンビだなあと。子ども好きだしね。お向かいの噂話おばさんやフィンの姉のジョージアもいいスパイスになってる。その他色々な人々が殺人事件と関わって、フィンにとっても他の人にとっても最悪の方向にどんどん進んでいくので笑ってしまう。あれだけこんがらがって、よくいいところに着地したなと。
 
事件も面白いが、なんといっても注目なのがフィンの新しい恋人候補、ニック刑事とバーテンダーのジュリアン。どっちもいいけど、素の自分を好きでいてくれる人のほうがいいのかなあ、、私としてはどちらもいい男だと思うので迷うところ。来年続編が邦訳されるらしい、「続く」って感じの終わり方だったので楽しみでしょうがない。きっとそれもフィンの新刊のネタになるんだよね。
 
 

カインは言わなかった  (ねこ3.5匹)

芦沢央著。文春文庫。

「世界の誉田(ホンダ)」と崇められるカリスマ芸術監督が率いるダンスカンパニー。 その新作公演「カイン」の初日直前に、主役の藤谷誠が突然失踪した。 すべてを舞台に捧げ、壮絶な指導に耐えてきた男にいったい何が起こったのか? 誠には、美しい容姿を持つ画家の弟・豪がいた。 そして、誠のルームメイト、和馬は代役として主役カインに抜擢されるが……。(裏表紙引用)
 
バレエの世界を描いた長篇ミステリー。
バレエに興味が薄いので、芦沢さんじゃなかったら手を出していないのだがやっぱり専門用語が辛い。踊りのシーンは決して少なくはないので、知らない言葉が出てくるたびに引っかかるのが難点。まあ、面白いんだけどね。
 
カリスマ監督の舞台「カイン」の主役を務める藤谷誠が失踪し、ルームメイトの尾上が
代役に抜擢されたかのような展開。厳しい稽古に食らいつくもカリスマ誉田の容赦なさに上がったり下がったりを繰り返す尾上。そして藤谷の弟・豪は才能ある画家で、女性のヌードを主に被写体としていることから恋人の心中は穏やかではない。さらに、過去に誉田のしごきが原因で自殺したとされる女性の両親や<誉田被害者の会>も登場する。
 
誉田の才能はニセモノだと証明したくて足掻く人々の盲目さや、「きちんと被災していない被災者が、いざという時は被災者であることをダシに使ってしまう」人間の描き方には胸がひりついた。それをまるで伝家の宝刀のように使ってしまう自分の弱さ。そして明らかなモラハラ男なのに離れられない女の心理。どれを取ってもリアルで、芦沢さんらしさ、特色が出ていたと思う。
 
しかし、カリスマだかなんだか知らないが、パワハラモラハラ専制君主のように振る舞う時代遅れの人間ってたとえ才能があったとしてもどうなんだろう。その世界に賭けている人々にとっては素晴らしい芸術を作る、体験することが何においても優先度が高いことは想像に難くないが、それは周りへの暴力や支配によってしか成し得ないものなのか?そんな手段を取らなくても素晴らしい作品を生み出せる人はいるのだから、そんなはずはないと思うのだが。なんだかあとがき(角田光代さん)含め、それを正当化しているような気がして嫌な気分になった。殺害動機も含めて、やはりこういう世界観のものは自分に合わないなと思った。

間宵の母  (ねこ3.5匹)

歌野晶午著。双葉文庫

小学三年生の詩穂と紗江子は親友同士だったが、紗江子の母の若い再婚相手である義父と詩穂の母が失踪、駆け落ちと見られていた。 その日から、紗江子の母の精神状態は普通ではなくなる。詩穂も父親からDVを受けるようになり、児童養護施設に入れられてしまう。 その後、二人は地獄のような人生を送ることになるのだが、実は驚くべき真実が隠されていた。デビュー30周年、著者最恐のホラー・ミステリー、待望の文庫化!(裏表紙引用)
 
歌野さんのホラーミステリー。ということだが、ミステリーというほどかな?間宵家に端を発する呪いのようなものが次々と不幸の連鎖を生んでいって破滅する…そして…。まとめるとそのような感じ、典型的なホラーだね。虐待や発狂など、刺激的で読ませる描写の連続なのはさすがの歌野さんなのだが。後半、非行少年アオが出てきたあたりから「巳代子とは実は」みたいなネタバレになっていくので、失速してしまった感じ。
 
面白いんだけどね。歌野さんにしてはちょっと軽いというか。登場人物の言動が非常識すぎてついていけなかった。状況を長々と一気に説明する人物ばかりだし、このおかしさ含めてゾっとしてください、ということなら分かるが。うーん、真面目に読んじゃった。狂気の描写がすごかったので、ストーリーがありきたりで残念。まあ、いい作家さんでもたまにはこういうのあるよね。

窓辺の愛書家/The Postscript Murders  (ねこ3.8匹)

エリー・グリフィス著。上條ひろみ訳。創元推理文庫

本好きの老婦人ペギーが死んだ。彼女は「殺人コンサルタント」を名乗り、数多くの推理作家の執筆に協力していた。死因は心臓発作だが、介護士ナタルカは不審に思い、刑事ハービンダーに相談しつつ友人二人と真相を探りはじめる。だがペギーの部屋を調べていると、覆面の人物が銃を手に入ってきて、ある推理小説を奪って消えた。謎の人物は誰で、なぜそんな行動を? 『見知らぬ人』の著者が本や出版をテーマに描く傑作謎解きミステリ。(紹介文引用)
 
前作「見知らぬ人」がなかなか良かったのでこちらも。うん、またしてもなかなか良かったかな。。
 
高齢者向け共同住宅<シーヴュー・コート>に住むミステリ好きの老婦人ペギーが自室で亡くなった。死因は心臓麻痺と判断されたが、ウクライナ介護士ナタルカは「彼女の死は殺人ではないか」と警察に相談する。最初は相手にされなかったナタルカだが、彼女とカフェオーナーベネディクト、元BBC職員エドウィンがペギーの部屋で覆面の暴漢に拳銃を向けられる。インド人の部長刑事ハービンダーも動き出したが、次の殺人が…。
 
作家たちに送りつけられたポストカードの脅迫文、怪しさが服を着て歩いているようなペギーの息子、ナタルカの過激すぎる過去など色々な要素を散りばめていて面白い。ハービンダー刑事が実はレズビアンであるとか、3人の老探偵が絆を強めていくとか、作家や出版社の裏事情とか、サイドストーリーの方もしっかりしていてキャラクターシリーズ風味も強い。雑談が多いため、どうしても注釈が増えるのはいただけなかったが。。ウクライナ情勢なども絡んでいてリアルな一面も。
 
犯人の意外性ありバラ撒かれたミスリードの種明かしありで古き良きミステリーという感じ。

傲慢と善良  (ねこ4匹)

辻村深月著。朝日文庫

婚約者・坂庭真実が姿を消した。その居場所を探すため、西澤架は、彼女の「過去」と向き合うことになる。「恋愛だけでなく生きていくうえでのあらゆる悩みに答えてくれる物語」と読者から圧倒的な支持を得た作品が遂に文庫化。《解説・朝井リョウ》(裏表紙引用)
 
辻村さんの文庫新刊は、<婚活>に翻弄される2人の男女の物語。西澤架は自営業を営む39歳。友人も多く、容姿も高めでコミュ力もある。大学時代から女性に苦労したこともない。しかしいざ結婚話が出ると「もっといい人がいるのではないか」と躊躇し別れを繰り返してきた。気づけば39歳。まわりの友人たちは皆結婚し家庭を持ち、若い頃は頻繁にあった合コンの誘いや出会いもない。今思えばレベルの高かった元カノの結婚式の画像を見ては落ち込み、とうとうマッチングアプリでの婚活を開始する。しかし50人弱の女性と出会っては「ピンとこない」という理由で交際に至らず。。。
 
もうこれだけで「うわあ。。。」という感じである。今までモテていたことで傲慢になり、自分の価値がいつまでも高いと錯覚する。結婚相談所の社長いわく、選ぶ相手で婚活者が自分に付けている点数がわかるという。成婚に至らない人には共通点があり、口では「普通の人でいい」「高望みはしていない」と言いながら、自分に付ける点数はみんな驚くほど高いというのだ。
 
しかし、架が一般的な水準でみて酷い男だとは思えない。親との共依存や人からどう見られるかに苦しんできた真実だって婚活における「事故物件」とはほど遠いだろう。傲慢さも善良さも誰しもが持っていて、それが2人の場合は少しだけ人より高かったというだけのことだ。これだけ自分自身を見つめ直した後なら、普通の幸せな家庭を築けると思う。(しかし、そこまでしてムリに結婚せにゃいかんかね??推しやハマれる趣味でも見つければ?とも思う。婚活している人の中には、どうしても結婚がしたいわけじゃなくて周りからやいのやいの言われたりどう思われるか気にしすぎて、それが辛いからって人も多いのでは。。)
 
それよりも印象深かったのは架の女友達グループ。女のイヤなところを全面に出しましたというような、ああこういう人たちいるよねと感じさせる本物のリアル。もともとは架の「真実と結婚したい気持ちは70%」発言や真実の〇〇が発端だが、それを本人に言うとか。。「私たち、酔ってたの」と意味不明の免罪符を掲げ、「気に入っている男に寄ってきた、その男とは釣り合わない気に入らない女」を徹底的に言葉の刃で傷つける。こりゃもう、架も結婚したらこういう人たちとは距離を置いたほうがいいんじゃないか。「サバサバ」を履き違えた悪意ほど厄介なものはない。
 
それはそれとして、真実の章について少し言いたいことが。物語の筋に触れているのでご注意を。↓
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
何人か同じことを言っている人もいたが。
「震災ボランティア」をもってくるのは禁じ手じゃないかなあ。
恵まれた人だって悩みのない人だって、ああいうところに関われば何かしら考えの変わる部分はあると思う。まるっきり人生観が変わる人だっているだろう。作家としては安易なところに手を出したなと残念だった。辻村さんだからなおさら。
 
 
 
 
それがなければもっと評価は高かった、とても面白く素晴らしい作品だったからこそ惜しい。

いけないⅡ  (ねこ4.2匹)

道尾秀介著。文藝春秋

大きな話題を読んだ”体験型ミステリー”第2弾。――すべての謎がつながっていく。前作を凌ぐ、驚愕のラストが待つ! 各話の最終ページにしかけられたトリックも、いよいよ鮮やかです。(紹介文引用)
 
最後のページに掲載された「写真」が全ての解答を指し示すという体験型ミステリー第2弾。この手法自体は他の作家さんで体験したことがあって、それも好みで面白かったので道尾作品の中では結構好きなシリーズ。今回4篇収録されていて、どれも箕氷市という架空の都市を舞台にしたもの。
 
「明神の滝に祈ってはいけない」
高校生の桃花には、1年前に行方不明になった1つ違いの姉がいた。ある日姉の裏アカウントを発見した桃花は、その内容から姉はあの日願いがなんでも叶うという明神の滝へ行ったのではないかと考えるが…。
避難小屋の管理人の章が不気味で、何らかを知っているのだろうな、ということだけは分かるが…。桃花のヒリヒリする行動力といい、終始スリリング。結構えぐい。残念ながらラストの写真の意味が分からなかったので検索。
 
「首なし男を助けてはいけない」
真たち小学生4人で肝試しを計画。しかしいつも威張っているタニユウに「首なし男」のドッキリを仕掛けようと、真は引きこもりの伯父の家を訪ねる。伯父は訳あって30年間引きこもり生活を続けており、口が利けない。そして自分の部屋に自作の「首吊り男」の人形を飾っていて。。。
ホラー風味の怖いお話なのだが、伯父と真との交流の話としても面白く読めた。最後の写真が一見して「うわっ」と声が出そうになる衝撃。
 
「その映像を調べてはいけない」
暴力で両親を支配していた男を、ついに父親が殺してしまう。警察に自首をしてきた父親は正直に事件の詳細を話しているかに見えるが。。。
今はドライブレコーダーが普及しているから、犯罪が露見しやすいのかも。それを逆手に取った今回の犯行。全ての真相が明らかになったわけではなさそう。ラストの写真はまあ、普通。
 
「祈りの声を繋いではいけない」
今まで出てきた登場人物がかわるがわるその「祈り」を叶えていく。今までのお話で説明不足だったところや不明だった部分が明らかになり、全て意味あるものへと繋がっていく。見事。
 
以上。
全ての作品で「写真」が効果的だったとは思わないが、その仕掛けがなかったとしても充分優れた作品だったと思う。前作よりホラー度が上がっていてより好みに。話題性という意味ではこの体験型スタイルは効果的だろう。写真として優秀だったのは1篇目だったと思うが(分からなかったくせに)、好みは2篇目。これぐらい文章力のある作家さんじゃないと成立しないかもね、自信の現れかも。第3弾も希望。表紙はイエローでね。
 

彼は彼女の顔が見えない/Rock Paper Scissors  (ねこ4匹)

アリス・フィーニー著。越智睦訳。創元推理文庫

夫婦関係が行き詰っていたアダムとアメリアの夫婦。そんなふたりに、くじでスコットランド旅行が当たる。ふたりきりで滞在することになったのは、改築された古いチャペル。彼らは分かっている。この旅行が自分たちの関係を救うか、あるいはとどめの一撃になると。猛吹雪によって外界と隔絶するふたり。そこに奇妙な出来事が続発し――。だれが何を狙っているのか? 『彼と彼女の衝撃の瞬間』を超える、今年最高の衝撃が待つ傑作!(紹介文引用)
 
アリス・フィーニー二冊目。前作「彼と彼女の衝撃の瞬間」が良かったので、こちらも。タイトルは似ているけれど繋がりはなく、別の登場人物の別のお話。
 
顔を合わせばケンカばかりの夫婦、アダムとアメリアは関係を修復するためスコットランドの山奥にあるチャペルに滞在することになった。周りは人の気配がなく、猛吹雪の中、奇妙な出来事が頻発する。誰かが何かを仕掛けているのか?
 
アダムの章とアメリアの章が交互に繰り返され、アメリアが結婚記念日ごとにアダムに宛てた手紙が挿入される。中盤より、チャペル近くに住む謎の中年女性ロビンの章が追加され、ロビンが何かを企んでいることだけが読者に示される状態。アダムとアメリアの章や手紙にも何か仕掛けがあるのに違いないので慎重に読み進めるが、もちろん分からない(笑)。そもそもアダムが相貌失認を抱えているので、ここに何らかの引っ掛けがあるはずだが…。3人とも性格にクセが強く、何を抱えていてもおかしくない感じなんだよね。。ロビンとアダムの関係は?脚本家アダムと大物作家ヘンリーとのいびつな関係もあやしい。
 
この作家の特色なのか、終盤に怒涛のタネ明かし。3人きりの登場人物でここまで引き込めるのも凄いが、こういうものにありがちな「時系列の誤認」「語り手の誤認」、想像の範囲内でどこまでパズルを並べ替えるのか、そういう楽しみを味わった。ラストはもう分かっていることを他の人物が理解する感じなので蛇足かな?と思うけれど、まあこれがあるから最後のあの人たちの未来が不穏に見えるわけで。
 
とにかくまた面白かった。この系統で、どれだけパターン違いを出してくれるのか今後も楽しみにしたいところ。