すべてが猫になる

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カインは言わなかった  (ねこ3.5匹)

芦沢央著。文春文庫。

「世界の誉田(ホンダ)」と崇められるカリスマ芸術監督が率いるダンスカンパニー。 その新作公演「カイン」の初日直前に、主役の藤谷誠が突然失踪した。 すべてを舞台に捧げ、壮絶な指導に耐えてきた男にいったい何が起こったのか? 誠には、美しい容姿を持つ画家の弟・豪がいた。 そして、誠のルームメイト、和馬は代役として主役カインに抜擢されるが……。(裏表紙引用)
 
バレエの世界を描いた長篇ミステリー。
バレエに興味が薄いので、芦沢さんじゃなかったら手を出していないのだがやっぱり専門用語が辛い。踊りのシーンは決して少なくはないので、知らない言葉が出てくるたびに引っかかるのが難点。まあ、面白いんだけどね。
 
カリスマ監督の舞台「カイン」の主役を務める藤谷誠が失踪し、ルームメイトの尾上が
代役に抜擢されたかのような展開。厳しい稽古に食らいつくもカリスマ誉田の容赦なさに上がったり下がったりを繰り返す尾上。そして藤谷の弟・豪は才能ある画家で、女性のヌードを主に被写体としていることから恋人の心中は穏やかではない。さらに、過去に誉田のしごきが原因で自殺したとされる女性の両親や<誉田被害者の会>も登場する。
 
誉田の才能はニセモノだと証明したくて足掻く人々の盲目さや、「きちんと被災していない被災者が、いざという時は被災者であることをダシに使ってしまう」人間の描き方には胸がひりついた。それをまるで伝家の宝刀のように使ってしまう自分の弱さ。そして明らかなモラハラ男なのに離れられない女の心理。どれを取ってもリアルで、芦沢さんらしさ、特色が出ていたと思う。
 
しかし、カリスマだかなんだか知らないが、パワハラモラハラ専制君主のように振る舞う時代遅れの人間ってたとえ才能があったとしてもどうなんだろう。その世界に賭けている人々にとっては素晴らしい芸術を作る、体験することが何においても優先度が高いことは想像に難くないが、それは周りへの暴力や支配によってしか成し得ないものなのか?そんな手段を取らなくても素晴らしい作品を生み出せる人はいるのだから、そんなはずはないと思うのだが。なんだかあとがき(角田光代さん)含め、それを正当化しているような気がして嫌な気分になった。殺害動機も含めて、やはりこういう世界観のものは自分に合わないなと思った。