すべてが猫になる

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新宿なぞとき不動産  (ねこ3.8匹)

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内山純著。創元推理文庫

新宿の不動産会社で働く、知識はあるが駆け引きが苦手な賃貸営業マン・澤村聡志。ある日、優秀な後輩・神崎くららがパートナーになって以来、先輩使いが荒い彼女に振り回される毎日に。さらに担当する物件にはおかしな謎がつきまとって…新宿に住む人々の謎を二人の知識とひらめきで解決する、心あたたまる不動産ミステリ。(紹介文引用)
 
初読み作家さん。
面白かった!これ好き。
なんとなくネットで偶然見かけて、好みっぽそうだったので。不動産業界ってなんとなく興味がある。舞台はタイトル通り新宿。ツノハズ・ホーム本社賃貸営業部二課所属の営業マン・澤村(成績は底辺、真正直、消極的、整理整頓、事務が得意、バツイチ)と
多摩支店から異動してきた神崎くらら(美女、成績ナンバーワン、小悪魔、よく機械を壊す)のコンビが織り成す不動産ミステリー。
 
「大家の事情」
築50年のコーポフタボシの大家・マサさんが、いきなり担当の澤村に黙って入居者を退去させクリーニング業者まで引き入れていた。突然冷たくなったマサさんに何が?
こういう昭和時代のようなあたたかい人間関係って今はあまりないんだろうなあ。澤村1人で推理するのでえらい。そのあとくららに結構酷いことされるが。。
 
「入居者の事情」
澤村の、くららに対しての心の呼び名が「デビル」になってる笑。澤村の客からおかしなクレームばかり寄せられる。布団の中に宇宙人?管理人を騙った張り紙?まあ、上の部屋の騒音というのもあるが。客全員から名前を覚えてもらえてない澤村あわれ。。
仲介業者が、騒音の主の部屋に確認に入ったりするんだね。ビックリ。クレームは全部裏の理由があるなどして解決。悲喜こもごも。澤村の正直すぎるいい人ぶりが仕事で生きることもあるのね。
 
「入居申込人の事情」
同業者に横入りされ、澤村の扱っている物件がバッティング。しかも相手方の申込人は年収1千万で、近々結婚予定だという。圧倒的に澤村側が不利だが…。
このカップル、なんかあやしいと思ったんだよね。。今時こんな絵に描いたような理想の女性はいませんて。澤村が正直に話したことって良かったのか悪かったのか分からないけれど。
 
「その土地の事情」
くららから譲ってもらった未亡人の屋敷問題で、いよいよ本契約か?という時、くららがナイフを持った不審者の人質に!謎の隠し扉から色々な人間関係が暴かれたり、今までの登場人物が総出演したりとにぎやかな最終話。未亡人の夫がやったことって、やはり一生恨まれても仕方ないよね。。
 
以上。
主要キャラクターがまさに堂に入った「割れ鍋に綴じ蓋」コンビなので、2人の会話だけで楽しめた。喫茶店まるものマスターもなんだか笑えるし。情けない澤村や仕事がバリバリできて男を顎で使うくらら、嫌いな人は嫌いだと思うけど、2人とも芯にあたたかいものがある感じがして自分は気に入った。不動産業界の裏側もいろいろ覗けて面白かったし、ミステリーとしてもドラマとしてもなかなか読ませる感じ。タイトルや各章のタイトル、表紙をもっと工夫すればもっと読まれるんじゃないかなあ。世間の人気作品となんら遜色ない魅力があると思うので、なんかこれだともったいない。

私の頭が正常であったなら  (ねこ4匹)

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山白朝子著。角川文庫。

最近部屋で、おかしなものを見るようになった夫婦。妻は彼らの視界に入り込むそれを「幽霊ではないか」と考え、考察し始める。なぜ自分たちなのか、幽霊はどこにとりついているのか、理系の妻とともに謎を追い始めた主人公は、思わぬ真相に辿りつく。その真相は、おそろしく哀しい反面、子どもを失って日が浅い彼らにとって救いをもたらすものだった――「世界で一番、みじかい小説」。その他、表題作の「私の頭が正常であったなら」や、「トランシーバー」「首なし鶏、夜をゆく」「酩酊SF」など全8篇。それぞれ何かを失った主人公たちが、この世ならざるものとの出会いや交流を通じて、日常から少しずつずれていく……。そのままこちらに帰ってこられなくなる者や、新たな日常に幸せを感じる者、哀しみを受け止め乗り越えていく者など、彼らの視点を通じて様々な悲哀が描かれる、おそろしくも美しい”喪失”の物語。【解説:宮部みゆき】(紹介文引用)
 
乙一さんの別名義、山白朝子短編集。いずれも「喪失」をテーマにしているらしく、それぞれに哀しみややりきれなさが伺える作品ばかり。
 
「世界で一番、みじかい小説」
ある夫婦が自宅で目撃するようになった見知らぬ男。彼は殺されたのか?
理系の奥さんが、正体を突き止めようと資料を作るのが面白い。ホラーのエッセンスがありつつ、実はミステリー。なぜ彼らに幽霊が取りついたのか、その過程が不気味すぎる。。
 
「首なし鶏、夜をゆく」
転校生のマキヲは、いじめられっ子の風子と友だちになった。そのきっかけは、風子が飼っている首がないのに生きている鶏なのだが…。
なかなかにシュール。子どもが虐待されるお話は読んでいて辛い。哀しいお話でもあるのでなおさら。夜をさまようマキヲ、情緒的で残酷な結末。これには震えた。
傑作だと思う。
 
「酩酊SF」
作家の大学時代の後輩Nが、SF小説のアイデアを持ち込んだ。お酒を飲み酩酊すると時間が混濁するという女の話だ。そしてそれはやがてNの恋人の実体験だということが分かり…。
未来わかる系って、ギャンブルに手を出すと破滅するっていうのが常道だけどね。自分の死を避けるために様々な策略を巡らせるが、彼が最後にとった手段がなんとも非人道的。混濁する能力の真相にも驚いた。これも傑作かと。
 
「布団の中の宇宙」
作家仲間のTがスランプから脱出できたのは、中古で買った布団セットのおかげらしい。
足元だけ異世界ワープってこれまた随分地味な。これと言ったひねりのある結末ではないが、世界観は面白い。
 
「子どもを沈める」
かつて同級生をいじめで死なせてしまった4人のうち3人が、自分の娘を殺害。残されたカヲルは、自分もそうなるのかと怯える…。
まあこれだけ酷い復讐をされるほど、酷いことをしたということ。更生できるならばしたほうがいい。
 
「トランシーバー」
震災で妻と息子を失った男は、かつて息子と一緒に遊んでいたトランシーバーから息子の声が聞こえ…。
立ち直ってほしいし、思い出も大切にしてほしい。それはわかる。わかるが、私ならこういう人と結婚するのは重すぎて無理だ。新しい家族が出来たなら、もうトランシーバーは鳴らないほうがいいんじゃないかな。
 
「私の頭が正常であったなら」
夫からのDVにより離婚した女性は、娘を連れて実家へ帰った。しかし元夫がとんでもない事件を起こし…。
養育費を手渡し、なんてことなんで了承するかな。こういうタイプってどうもなるべくして不幸になっている気がする。。悪いのは夫だが。女性にだけ聞こえる少女のSOS。幻聴ならばそのほうがいい、だって幻聴じゃなかったら…。意外にもストレートな展開でホっとした。
 
「おやすみなさい子どもたち」
キッズスクールの集まり中、乗っていた船が沈没し死んでしまったアナ。目覚めるとそこは天界で、アナの走馬灯フィルムが見当たらないと天使が言う。
設定が面白いね。タイトル、走馬灯フィルムでも良かったかもしれない。子どもがかわいそうなことになるお話が多かったので、このお話で救われた。ラストに持ってきたのにも意味がありそう。
 
以上。
「首なし鶏~」、「酩酊SF」、「私の頭が正常であったなら」が特に素晴らしい。これと言った駄作はナシかも。ちょっと冷たさもあり、残酷でもあり、それでいて美しい、そんな世界観がとてもいいと思う。
 
ところで、デビュー作から本作の間に出た2作品を読んでいないようだ。最近、続編!と思ったらその前に1作あった、みたいなことが本当に多い。。。トシかしら。。
 
 

ワニの町へ来たスパイ/Louisiana Longshot  (ねこ3.8匹)

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ジャナ・デリオン著。島村浩子訳。創元推理文庫

潜入任務でちょっぴり暴れすぎたせいで、一時潜伏を命じられた凄腕秘密工作員のわたしは、ルイジアナの川辺の町にやってきた。自分とは正反対のおしとやかな女性を演じるつもりが、到着するなり保安官助手に目をつけられ、住む家の裏で人骨を発見してしまう。そのうえ町を牛耳る地元婦人会の老婦人たちに焚きつけられ、ともに人骨事件の真相を追うはめに……。アメリカでは公認ファンクラブまである大人気ミステリ・シリーズ第一弾。(紹介文引用)
 
<ミス・フォーチュン・ミステリ>シリーズ第1弾。
 
創元の文庫新刊で、面白そうだな~読もうかな~と思った本がシリーズの第3弾だったので、まず1作目のこちらから。このシリーズ、すごく人気あるみたいね。読メの評判もいいし。
 
ヒロインはCIA工作員のレディング(フォーチュン)。ミッションの最中に武器商人の弟を殺害し、賞金首をかけられてしまったため、レディングは長官からしばらく自分の姪になりすまし、田舎町シンフルにある大叔母の家に隠れているように命令されてしまう。果たしてレディングは元ミスコン女王、趣味は編み物、職業は司書という自分とあまりにもかけ離れた人物に化けられるのか?そして到着早々人骨を発見、保安官には正体を怪しまれ……。
 
いやあ面白い、面白いよ。ほのぼのスパイ小説って初めて読んだ。ついついスパイの習慣が出てしまうレディングも笑えるが、シンフルの住人たちがほぼお年寄りで、おかしな「町のルール」に従って生きているのがもうおかしくてたまらない。お祈り後のバナナプディング争奪戦や湿地を這い回るアリゲーター、都会と全く違う騒動に巻き込まれるレディングはもう我慢限界!大叔母マージの親友ガーティと婦人会会長アイダ・ベルの2人の強烈なおばあちゃんコンビと組むことになってからはさらに大変。保安官の家から脱出したいのに脱出できないくだりは完全にコント。何回ずぶ濡れになってるんだ。。見えないのに車運転するなするな。このおばあちゃんらはドンくさいのだけどなんか秘密がありそう…。何か知ってそう…。狭い町ならではの人間模様で狭いところで事件片付いちゃった感はあるけれど、人質に取られたり銃撃戦やり一応派手なあれやこれやがあってなんとか大団円。ふー、良かった良かった。
 
とにかく、親が死のうが20年間涙を流したことのないレディングの目から涙が出るなど、女性強しの友情物語&レディングの成長物語になってたのが気に入った。特にガーティとアイダ・ベルはヒロイン喰っちゃってたかもしれない。この2人がとにかく最高。続編でも出るらしいので、早めに読もうと思う。いいシリーズ見つけた~。

密室から黒猫を取り出す方法  (ねこ4匹)

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北山猛邦著。創元推理文庫

密室殺人を企てる犯人の前に一匹の黒猫が現れた。あろうことかその猫は、今まさに密室にならんとする部屋に入り込んでしまい……。思わぬ闖入者に翻弄される犯人だが、さらに猫探しに訪れた探偵も現れる! 完全犯罪を目論む犯人の焦燥を描いた表題作をはじめ、音楽室で起こった犯人と凶器が消失した殺人事件を解き明かす「音楽は凶器じゃない」など気弱で引きこもりがちな名探偵・音野順の五つの活躍を収めた短編集、シリーズ第二弾!(紹介文引用)
 
名探偵音野順シリーズ第2弾。
文庫化遅すぎ…。単行本、2009年でしょ。。いやあ待った、待った。
 
今回も引きこもり探偵の音野が助手の白瀬に発破をかけられてしぶしぶ謎を解きます。5編収録の短編集。
 
「密室から黒猫を取り出す方法」
ホテル敷地内の塔にて上司を自殺に見せかけて殺害した田野だが、トリックを仕掛けている最中に黒猫が室内に入り込んでしまった。そのせいで回収するはずのスプリングが室内に残ってしまったが……。真相はゆるい上にトリックはバカっぽいが可愛いので良しとする。犯人、自爆してるしね。ラストの岩飛警部がカッコ良かった!
 
「人喰いテレビ」
ある別荘地のロッジで、1人の男がブラウン管に吸い込まれるのを同じロッジに宿泊していたUFO研究会の人々が目撃。やがて近隣の雑木林でその男の遺体が発見される。遺体は上半身を脱がされ、右腕が切断されており……。あやしいグループから逃げたくて捜査?を音野らに押し付ける岩飛警部笑。こういうことしてる連中ってまあいそうと言えばいそうだけど…。テレビのアレは……コントじゃないんだから……。。。
 
「音楽は凶器じゃない」
6年前、ある高校の音楽室で、音楽教師と女生徒が強盗に襲われた。教師は死亡してしまったが、事件は未解決のままで……。前回登場した蘭ちゃんが再登場(覚えてないけど)。アレを凶器に使うなんて許せないわあ。。ていうか、無理だろ笑。動機が弱いな~、って思ってたけど、ラストの犯人登場でさらにそう思った、殺人犯してまで手に入れた結果、現在その仕事???でもお話としてはこれでオチてるのかな。
 
「停電から夜明けまで」
資産家の主人の戸籍上の息子である兄弟が、雷雨の晩遺産目当ての主人殺しを計画した。雷雨の日には必ず停電になるという屋敷の特性を利用し、いざその時が来たが…。
まるでコメディ。兄、どんくさいし(しかも名前がペンタって。あだ名??)。悪人って感じじゃなくて、ああ失敗するんだろうなあと思いながらニヤニヤ読んでしまった。でもナイトビジョンやチャット機能など、色々と考えられていると思う。音野の兄・要も登場。あとになって音野&白瀬が登場するのだけど、これはなかなか変則的というか。「一言も喋らずに解決する」の意味が分かった時の衝撃。うーん、うまい。これは隠れた傑作じゃないかな。(しかし、雷雨の日は停電すると分かっている家だというのに5人もの客を呼んでささやかなパーティーっておかしくないか。。日常的に天気予報くらい見るでしょ。)
 
「クローズド・キャンドル」
ある屋敷のアトリエで、主人の鈴谷が首を吊って死亡していた。しかも室内には床一面に火のついた蝋燭が並べられていて…。新キャラ、自称名探偵の琴宮が登場。えらそう、キザ、自信家の三拍子。むしろコッチのほうが名探偵ぽいよね。助手の比之彦もなんか笑えるし。屋敷の娘の花澄さんもなんかカッコイイ系だし。お手伝いの美千代さん、琴宮に惚れるし笑。で、音野は大遅刻(やればできる子、by白瀬)、白瀬は琴宮と3千万賭けちゃうし。色々詰め込んでるねえ。トリックは、その、まあ、ムリだけど絵ヅラだけでもギャグというか…。そして音野にもしかしていい出会いが??ラストキュンキュンしちゃったんですけど。
 
以上。
特にラストの2編が良かった。書いてて楽しいだろうな、これ。と思わせる音野の情けなすぎるキャラが最高。密室は……たぶん……解けた……のかなぁ?……(笑)。引きこもり探偵自体はもう前例があるんだけど、こういうやる気ゼロの喋らない探偵っていうのはかなり面白い。トリックは全て実現不可能そうなものばかりだけど、発想が凄いからそれでアリというか。点数高くしすぎた気もするけど、好きなので許して。

贖罪の奏鳴曲  (ねこ4.4匹)

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中山七里著。講談社

弁護士・御子柴礼司は、ある晩、記者の死体を遺棄した。死体を調べた警察は、御子柴に辿りつき事情を聴く。だが、彼には死亡推定時刻は法廷にいたという「鉄壁のアリバイ」があった―。「このミス」大賞受賞作家による新たな傑作誕生。(裏表紙引用)
 
ねこりんさんオススメの御子柴シリーズ。
 
主人公が弁護士だということ以外の前知識を入れずに読み始めたため、プロローグで死体を入間川に遺棄する弁護士・御子柴にそれはそれはもう度肝を抜かれた。しかし本当に驚くのはその後。依頼人に3億円の弁護料なんてのは可愛いほうで、御子柴自身についての驚愕の過去にドン引き。。こ、これはちょっと今まで読んできた作品とはかなり一線を画すレベル。どう考えても神戸のあの事件をモデルにしているので、よく批判されなかったな、とビクビクしながら読みすすめたのだが…。そう単純なダークヒーローものではなかった。
 
安楽死事件から一転しての保険金殺人を依頼される御子柴。木材工場で起きたトラック事故、脳性麻痺の息子、どれも一筋縄ではいかない様子なのに、御子柴の素性を疑った刑事2人が御子柴をも疑い始める。さらに過去に請け負った事件の逆恨みから被害者の母親に付きまとわれるシーンも加わり、まさにカオス。中盤では少年院時代の回想が挿入され、これもまた御子柴の人格に色がついた。仲間の脱走、自殺、教官のいじめ、そして御子柴に影響を与えたピアノ演奏や担当教官の言葉。御子柴がどうして各界から恐れられる弁護士になったのか、彼は更生したのか、贖罪とは言葉だけのことではないのではないか。最初はお金のことばかりでいけすかない弁護士だな、なんか人殺してるし、としか思わなかった御子柴の本当の姿に身が引き締まる思いがした。
 
そして肝心の保険金殺人は、裁判シーンが見せ場となる。普通では考えられない証拠を法廷に持ち込み弁舌をふるった御子柴…カッコイイ…。実はこのあと二転三転するのだが、一つは想像の範囲だったものの、他に明かされた真実があまりにショッキングでやりきれなさが残った。御子柴にふりかかった災難も合わせて、とても爽快とは言えないエンディング。最後の刑事の言葉の重みが、御子柴の希望なのではないだろうか。
 
過去に中山さんの作品を読んでかなり印象が悪かったのだが、たまたまハズレを引いたらしい。この御子柴シリーズはものすごく重厚で読み応えのある作品だった。中山作品の特徴である猟奇性が法廷ものとうまく調和していると思う。ぜひシリーズを読み続けたい。

絶叫  (ねこ4.5匹)

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葉真中顕著。光文社。

鈴木陽子というひとりの女の壮絶な物語。涙、感動、驚き、どんな言葉も足りない。貧困、ジェンダー無縁社会ブラック企業…、見えざる棄民を抉る社会派小説として、保険金殺人のからくり、孤独死の謎…、ラストまで息もつけぬ圧巻のミステリーとして、平凡なひとりの女が、社会の暗部に足を踏み入れ生き抜く、凄まじい人生ドラマとして、すべての読者を満足させる、究極のエンターテインメント!(紹介文引用)
 
べるさんオススメの作品。葉真中さんの作品は「ロスト・ケア」だけ読んだことがあり、かなり力のある作家さんだという印象はあった。本書は単行本500ページ強のかなりの長編であったが、素晴らしい筆致でぐいぐい読まされるという充実した時間を過ごせた。
 
主人公は自身を平凡と称する鈴木陽子。毒親のもとに育ち、弟の事故死や父の蒸発など多くの修羅場をくぐり、やがて殺人を犯し、果ては腐乱死体となって発見されてしまうまでの一生が描かれている。プロローグで発生した、NPOカインド・ネット代表理事殺人事件は陽子とどのような関わりを持っているのか。三度四度にわたる結婚の真相は。
 
陽子の人生は、あまりにも悲惨だった。ああいう母親のもとに生まれたことが既に不幸なのだが、彼女が人生で選択する仕事先や恋人もそれはまあひどい。コールセンターの派遣、稼ぐために飛び込んだ保険外務員。それぞれの職業を悪とは思わないが、契約を取るための枕営業や支店長との不倫のくだりには本当に辟易した。洗脳とは恐ろしい。本人だって後から考えたら絶対おかしいと分かるのに、どうして弱者はやすやすと騙されてしまうのか。その後DV気質のある元ホストと同棲するに至っては、呆れるを通り越して涙が出そう。全てが生い立ちによる、「人に愛されたい、癒されたい」という願望が根底にあることを鑑みれば、本当に気の毒な星の下に生まれたとしか言いようがない。もちろん自己責任の部分が大きいのだが…。カインド・ネットの代表・神代との出会いが大きく陽子の人生を左右し、陽子の人生は引き返せないところまで堕ちてしまうのだ。もしかして長じてもなお目の前に現れる死んだ弟の亡霊は、陽子の心の闇の暴露に他ならないのだろうか。この世には、本当に吐き気がするようなことを考える人間、平等にあるという命をいま一度考え直したくなるような人間もいるものだ。
 
そしてこの作品は陽子の人生をなぞる章と、腐乱死体の捜査をする奥貫綾乃という巡査部長が語り手となる章の二重構成となっている。ダブルヒロインと言ってもいいかもしれない。この綾乃もまた、キャラクターの肉付けがしっかり出来ていて良かった。不倫や離婚を経験しており、娘を愛せず、女性であるというだけで卑下され、心にささくれ立ったものを抱えている。陽子に共鳴したかのように突き動かされるこの捜査員の存在がさらに物語を豊かなものにしていた。
 
これは陽子の犯罪を暴くというだけでも立派に作品として成立していたと思うが、ラストで驚かされた。実は、なぜ陽子の章は二人称で語られているのかずっと謎だったのだが…そういうからくりがあったとは。さらに完全な脇役として登場していた人物との繋がりもあり、これは本当にミステリーとしても秀逸だと思う。読後しばらく呆然としてしまった。これだけの作品が埋もれていてはいけない。もちろん、楽しい内容ではないので好き嫌いの壁はあると思うが。長いしね。
 
ということで、べるさん、背中を押してくれて本当にありがとうございます。この作家さん読破しよう。

ザリガニの鳴くところ/Where the Crawdads Sing  (ねこ4匹)

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ディーリア・オーエンズ著。友廣純訳。早川書房

ノース・カロライナ州の湿地で男の死体が発見された。人々は「湿地の少女」に疑いの目を向ける。6歳で家族に見捨てられたときから、カイアは湿地の小屋でたったひとり生きなければならなかった。読み書きを教えてくれた少年テイトに恋心を抱くが、彼は大学進学のため彼女のもとを去ってゆく。以来、村の人々に「湿地の少女」と呼ばれ蔑まれながらも、彼女は生き物が自然のままに生きる「ザリガニの鳴くところ」へと思いをはせて静かに暮らしていた。しかしあるとき、村の裕福な青年チェイスが彼女に近づく…みずみずしい自然に抱かれて生きる少女の成長と不審死事件が絡み合い、思いもよらぬ結末へと物語が動き出す。全米500万部突破、感動と驚愕のベストセラー。(紹介文引用)
 
2021このミス2位、本ミス9位作品。
 
500ページ強のアメリカ文学
 
ヒロインはノース・カロライナ州の「湿地の少女」と呼ばれるカイア。幼少の頃母親が失踪し、数多くいた兄弟も次々と家を脱出していった。やがて父親にも捨てられたカイアは、1人で貝を堀り、それで生計を立てる。少女は育ち、恋をする。何度も裏切られ、それでもカイアはまた人とのつながりを求めていく。。
 
暴君の父親と共に一番幼い少女を置き去りにしていく家族たちや、差別や偏見に凝り固まった村人、立ち去っていく恋人たち。内容が残酷かつ哀しいもので、延々とただやり切れなくなる。植物や生物の描写の美しさが対照的で、躍動的なその命の脈動さえも哀しみを引き立てるものでしかない。最初の恋人、テイトはともかく、二番目の恋人チェイス(被害者)は殺されても仕方がないようなクズで、カイアが強くたくましい女性でなかったらもっと悲惨なことになっていたかもしれない。小さい男ほど飾り立てて大きな声を出す、っていうのは本当に人間と同じだね。燃料店のジャンピンやメイベル、帰ってきた兄ジョディなど、心の優しい人々もたくさんいて心洗われた。カイアが純粋で、可哀想だったからだろうと思う。長じてたいへんな才能を発揮したことで、対等に尊敬される女性になったんだとしたら嬉しい。生物の本能そのままの弱い人間もいれば強い人間もいて、ままならない生命の営みを一人の女性の人生を通して見せられた、そんな気分になった。
 
ただ、ミステリーを期待して読むとかなり肩すかしかも。ラストの驚愕の真実が想像の範疇だったし、500ページ強のほとんどが恋愛小説、詩も多用。でも読みやすい訳文なのですぐ引き込まれるのではないかな。私のような読者でさえもカイアに下される判決を読むまでは死ねないと思った。