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絶叫  (ねこ4.5匹)

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葉真中顕著。光文社。

鈴木陽子というひとりの女の壮絶な物語。涙、感動、驚き、どんな言葉も足りない。貧困、ジェンダー無縁社会ブラック企業…、見えざる棄民を抉る社会派小説として、保険金殺人のからくり、孤独死の謎…、ラストまで息もつけぬ圧巻のミステリーとして、平凡なひとりの女が、社会の暗部に足を踏み入れ生き抜く、凄まじい人生ドラマとして、すべての読者を満足させる、究極のエンターテインメント!(紹介文引用)
 
べるさんオススメの作品。葉真中さんの作品は「ロスト・ケア」だけ読んだことがあり、かなり力のある作家さんだという印象はあった。本書は単行本500ページ強のかなりの長編であったが、素晴らしい筆致でぐいぐい読まされるという充実した時間を過ごせた。
 
主人公は自身を平凡と称する鈴木陽子。毒親のもとに育ち、弟の事故死や父の蒸発など多くの修羅場をくぐり、やがて殺人を犯し、果ては腐乱死体となって発見されてしまうまでの一生が描かれている。プロローグで発生した、NPOカインド・ネット代表理事殺人事件は陽子とどのような関わりを持っているのか。三度四度にわたる結婚の真相は。
 
陽子の人生は、あまりにも悲惨だった。ああいう母親のもとに生まれたことが既に不幸なのだが、彼女が人生で選択する仕事先や恋人もそれはまあひどい。コールセンターの派遣、稼ぐために飛び込んだ保険外務員。それぞれの職業を悪とは思わないが、契約を取るための枕営業や支店長との不倫のくだりには本当に辟易した。洗脳とは恐ろしい。本人だって後から考えたら絶対おかしいと分かるのに、どうして弱者はやすやすと騙されてしまうのか。その後DV気質のある元ホストと同棲するに至っては、呆れるを通り越して涙が出そう。全てが生い立ちによる、「人に愛されたい、癒されたい」という願望が根底にあることを鑑みれば、本当に気の毒な星の下に生まれたとしか言いようがない。もちろん自己責任の部分が大きいのだが…。カインド・ネットの代表・神代との出会いが大きく陽子の人生を左右し、陽子の人生は引き返せないところまで堕ちてしまうのだ。もしかして長じてもなお目の前に現れる死んだ弟の亡霊は、陽子の心の闇の暴露に他ならないのだろうか。この世には、本当に吐き気がするようなことを考える人間、平等にあるという命をいま一度考え直したくなるような人間もいるものだ。
 
そしてこの作品は陽子の人生をなぞる章と、腐乱死体の捜査をする奥貫綾乃という巡査部長が語り手となる章の二重構成となっている。ダブルヒロインと言ってもいいかもしれない。この綾乃もまた、キャラクターの肉付けがしっかり出来ていて良かった。不倫や離婚を経験しており、娘を愛せず、女性であるというだけで卑下され、心にささくれ立ったものを抱えている。陽子に共鳴したかのように突き動かされるこの捜査員の存在がさらに物語を豊かなものにしていた。
 
これは陽子の犯罪を暴くというだけでも立派に作品として成立していたと思うが、ラストで驚かされた。実は、なぜ陽子の章は二人称で語られているのかずっと謎だったのだが…そういうからくりがあったとは。さらに完全な脇役として登場していた人物との繋がりもあり、これは本当にミステリーとしても秀逸だと思う。読後しばらく呆然としてしまった。これだけの作品が埋もれていてはいけない。もちろん、楽しい内容ではないので好き嫌いの壁はあると思うが。長いしね。
 
ということで、べるさん、背中を押してくれて本当にありがとうございます。この作家さん読破しよう。