すべてが猫になる

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方舟  (ねこ4.5匹)

夕木春央著。講談社

9人のうち、死んでもいいのは、ーー死ぬべきなのは誰か? 大学時代の友達と従兄と一緒に山奥の地下建築を訪れた柊一は、偶然出会った三人家族とともに地下建築の中で夜を越すことになった。 翌日の明け方、地震が発生し、扉が岩でふさがれた。さらに地盤に異変が起き、水が流入しはじめた。いずれ地下建築は水没する。 そんな矢先に殺人が起こった。 だれか一人を犠牲にすれば脱出できる。生贄には、その犯人がなるべきだ。ーー犯人以外の全員が、そう思った。 タイムリミットまでおよそ1週間。それまでに、僕らは殺人犯を見つけなければならない。(紹介文引用)
 
初読み作家さん。
随分と読書家界隈で話題になっているようなので、読んでみた。「この衝撃は、一生もの」「絶賛・絶句・絶叫 発売即重版」だそうだ。煽るねえ。
 
大学時代のサークル仲間+探偵役7人、道に迷い合流した3人家族の計10人が出口の塞がってしまった地下建築に閉じ込められる。助かるためには1人が部屋に残り、出口を塞いだ岩を除去しなければならない。しかし地下建築は徐々に浸水しており、その1人は確実に死亡する。やがて仲間の1人が絞殺死体で発見され、殺人犯がその場に残るべきだという結論で意見が満場一致する。建築が完全に水没するまでの1週間で真犯人を見つけられるか?そして新たな殺人が――。
 
とても面白い。特殊設定ならではの問題提起がこのヒリヒリした閉塞状況をさらに盛り上げていると思う。犯人が分かったとしても、抵抗されたら?脱出したあとに冤罪だと分かったら?また、殺人犯を見殺しにした自分たちもまた殺人犯なのではないか?子どものいる夫妻は、子どもを助けるためにどちらかが犠牲になってくれるのではないか?登場人物がどう考えるか、どう動くかに共感が得られない限りこういう特殊設定ミステリーは一気に幼稚がかってくるのだが、この作品にはそういう穴がない。この状況下では第2の殺人は起きえないと信じるからこそバラバラで行動するというくだりなんかがそうだ。
 
ところで、トリックや推理自体には特別コレといって目を見張るようなものはない。動機自体も弱い。それもその筈で、この作品の重大な仕掛けはラストに収縮される。全てがひっくり返る驚きの結末には爽快感もあって思わず心で拍手。これは今年のミステリランキングを席巻しそう。
 
蛇足。
大満足だが、文章はぎこちなく最初はかなり読みづらかった。登場人物もほぼ没個性で、マイ読書メモの登場人物一覧に名前以外ほとんど書くことがなかったほど。本格ミステリでは人間を描くことに重きを置いていない作家さんもいるし、キャラクターものではないので自分にとってはこれぐらいは許容範囲かなと思う。ただ、人間に魅力があれば「屍人荘~」と同等の評価をした可能性はある。まあ気に入ったので他の作品も読んでみようかな、と。

殊能将之 未発表短篇集  (ねこ3.8匹)

殊能将之著。講談社文庫。

もはや古典とも評される「ハサミ男」を皮切りに、傑作長篇ミステリを生み出してきた殊能将之は、二〇一三年一月、急逝した。本書に収められた三つの短篇は没後に発見されたもので、ミステリ作家・殊能将之の出発点とも言うべき作品である。「ハサミ男」誕生の経緯を語った「ハサミ男の秘密の日記」同時収録。(裏表紙引用)
 
2013年に急逝し多くのミステリファンに最後の衝撃を与えた作家・殊能将之さん。作品数は少ないものの一応ファンのはしくれとして読破はしているはず。で、この短篇集ももちろん手を出しますよということで。殊能さんにあまり短篇のイメージはなく、収録されている「犬がこわい」「鬼ごっこ」「精霊もどし」を読んでも「あれ?こういう作風の人だっけ?」と少し戸惑った。殊能さんらしさはもちろん残っているのだが、どうにも軽いというか。いや、好みだったし面白かったんだけどね。もう少しとっつきにくい作品だった記憶があるもので(ハサミ男以外)。「ハサミ男の秘密の日記」に関しては、途中までは半分以上創作だと思って読んでいた。だって今時アパートの大家さんに電話を取り次いでもらうとか姉を介してしか連絡がつかないとか^^;。。
 
それよりも殊能さんがかなりお若い頃からSF評論などその筋では有名人だったということに驚いた。ハサミ男は2、3回読み直してるんだけど、他の作品も再読したくなってきたなあ。しまった、処分するんじゃなかった。。

サスペンス作家が人をうまく殺すには/Finlay Donovan is Killing It  (ねこ4.2匹)

エル・コシマノ著。辻早苗訳。創元推理文庫

売れない作家、フィンレイの朝は爆発状態だ。大騒ぎする子どもたち、請求書の山、撒き散らされたコーヒーの粉。もう、だれでもいいから人を殺したい気分――とはいえ、本当に殺人の依頼が舞い込むとは! レストランで小説の執筆の打ち合わせをしていたフィンレイは、隣席の女性に話の内容を誤解され、殺し屋と勘違いされてしまう。殺しの依頼を断ろうとするも、なんと本物の死体に遭遇して……。本国で話題沸騰、息つく間もないサスペンス!(裏表紙引用)
 
初読み作家さん。タイトル買い。アメリカの作家さんで、YA文学では様々な賞を受賞している実力派らしい。
 
すっごく面白かった!ロマンティックサスペンス作家(売れない)のフィンはバツイチの二児の母。ある日レストランで作品の打ち合わせをしていたところ、隣に座っていた女性に本物の殺し屋だと勘違いされ仕事を依頼されてしまう。断ろうとしても全てが裏目裏目に出て、とうとうターゲットを車のトランクに乗せて自宅のガレージに押し込む事態に。しかしあることに気づいたフィンは、ターゲットを殺したのは自分ではなく、ガレージに忍び込んだ何者かであることを確信する。
 
巻き込まれって言うけど、そもそも、もらったメモのところに電話してターゲット検索して尾行したりしてる時点で…(笑)。最初はバタバタと余裕のないだらしのないフィンにいい感情は抱かなかったけれど、なんだかんだ子どもを元夫に取られたくないって気持ちは伝わるし根っこのところでお人好しで冷酷になれないタイプ。相棒になったシッターのヴェロは真逆の性格なんだけど、フィンの手綱を握ってる感じがしていいコンビだなあと。子ども好きだしね。お向かいの噂話おばさんやフィンの姉のジョージアもいいスパイスになってる。その他色々な人々が殺人事件と関わって、フィンにとっても他の人にとっても最悪の方向にどんどん進んでいくので笑ってしまう。あれだけこんがらがって、よくいいところに着地したなと。
 
事件も面白いが、なんといっても注目なのがフィンの新しい恋人候補、ニック刑事とバーテンダーのジュリアン。どっちもいいけど、素の自分を好きでいてくれる人のほうがいいのかなあ、、私としてはどちらもいい男だと思うので迷うところ。来年続編が邦訳されるらしい、「続く」って感じの終わり方だったので楽しみでしょうがない。きっとそれもフィンの新刊のネタになるんだよね。
 
 

カインは言わなかった  (ねこ3.5匹)

芦沢央著。文春文庫。

「世界の誉田(ホンダ)」と崇められるカリスマ芸術監督が率いるダンスカンパニー。 その新作公演「カイン」の初日直前に、主役の藤谷誠が突然失踪した。 すべてを舞台に捧げ、壮絶な指導に耐えてきた男にいったい何が起こったのか? 誠には、美しい容姿を持つ画家の弟・豪がいた。 そして、誠のルームメイト、和馬は代役として主役カインに抜擢されるが……。(裏表紙引用)
 
バレエの世界を描いた長篇ミステリー。
バレエに興味が薄いので、芦沢さんじゃなかったら手を出していないのだがやっぱり専門用語が辛い。踊りのシーンは決して少なくはないので、知らない言葉が出てくるたびに引っかかるのが難点。まあ、面白いんだけどね。
 
カリスマ監督の舞台「カイン」の主役を務める藤谷誠が失踪し、ルームメイトの尾上が
代役に抜擢されたかのような展開。厳しい稽古に食らいつくもカリスマ誉田の容赦なさに上がったり下がったりを繰り返す尾上。そして藤谷の弟・豪は才能ある画家で、女性のヌードを主に被写体としていることから恋人の心中は穏やかではない。さらに、過去に誉田のしごきが原因で自殺したとされる女性の両親や<誉田被害者の会>も登場する。
 
誉田の才能はニセモノだと証明したくて足掻く人々の盲目さや、「きちんと被災していない被災者が、いざという時は被災者であることをダシに使ってしまう」人間の描き方には胸がひりついた。それをまるで伝家の宝刀のように使ってしまう自分の弱さ。そして明らかなモラハラ男なのに離れられない女の心理。どれを取ってもリアルで、芦沢さんらしさ、特色が出ていたと思う。
 
しかし、カリスマだかなんだか知らないが、パワハラモラハラ専制君主のように振る舞う時代遅れの人間ってたとえ才能があったとしてもどうなんだろう。その世界に賭けている人々にとっては素晴らしい芸術を作る、体験することが何においても優先度が高いことは想像に難くないが、それは周りへの暴力や支配によってしか成し得ないものなのか?そんな手段を取らなくても素晴らしい作品を生み出せる人はいるのだから、そんなはずはないと思うのだが。なんだかあとがき(角田光代さん)含め、それを正当化しているような気がして嫌な気分になった。殺害動機も含めて、やはりこういう世界観のものは自分に合わないなと思った。

間宵の母  (ねこ3.5匹)

歌野晶午著。双葉文庫

小学三年生の詩穂と紗江子は親友同士だったが、紗江子の母の若い再婚相手である義父と詩穂の母が失踪、駆け落ちと見られていた。 その日から、紗江子の母の精神状態は普通ではなくなる。詩穂も父親からDVを受けるようになり、児童養護施設に入れられてしまう。 その後、二人は地獄のような人生を送ることになるのだが、実は驚くべき真実が隠されていた。デビュー30周年、著者最恐のホラー・ミステリー、待望の文庫化!(裏表紙引用)
 
歌野さんのホラーミステリー。ということだが、ミステリーというほどかな?間宵家に端を発する呪いのようなものが次々と不幸の連鎖を生んでいって破滅する…そして…。まとめるとそのような感じ、典型的なホラーだね。虐待や発狂など、刺激的で読ませる描写の連続なのはさすがの歌野さんなのだが。後半、非行少年アオが出てきたあたりから「巳代子とは実は」みたいなネタバレになっていくので、失速してしまった感じ。
 
面白いんだけどね。歌野さんにしてはちょっと軽いというか。登場人物の言動が非常識すぎてついていけなかった。状況を長々と一気に説明する人物ばかりだし、このおかしさ含めてゾっとしてください、ということなら分かるが。うーん、真面目に読んじゃった。狂気の描写がすごかったので、ストーリーがありきたりで残念。まあ、いい作家さんでもたまにはこういうのあるよね。

窓辺の愛書家/The Postscript Murders  (ねこ3.8匹)

エリー・グリフィス著。上條ひろみ訳。創元推理文庫

本好きの老婦人ペギーが死んだ。彼女は「殺人コンサルタント」を名乗り、数多くの推理作家の執筆に協力していた。死因は心臓発作だが、介護士ナタルカは不審に思い、刑事ハービンダーに相談しつつ友人二人と真相を探りはじめる。だがペギーの部屋を調べていると、覆面の人物が銃を手に入ってきて、ある推理小説を奪って消えた。謎の人物は誰で、なぜそんな行動を? 『見知らぬ人』の著者が本や出版をテーマに描く傑作謎解きミステリ。(紹介文引用)
 
前作「見知らぬ人」がなかなか良かったのでこちらも。うん、またしてもなかなか良かったかな。。
 
高齢者向け共同住宅<シーヴュー・コート>に住むミステリ好きの老婦人ペギーが自室で亡くなった。死因は心臓麻痺と判断されたが、ウクライナ介護士ナタルカは「彼女の死は殺人ではないか」と警察に相談する。最初は相手にされなかったナタルカだが、彼女とカフェオーナーベネディクト、元BBC職員エドウィンがペギーの部屋で覆面の暴漢に拳銃を向けられる。インド人の部長刑事ハービンダーも動き出したが、次の殺人が…。
 
作家たちに送りつけられたポストカードの脅迫文、怪しさが服を着て歩いているようなペギーの息子、ナタルカの過激すぎる過去など色々な要素を散りばめていて面白い。ハービンダー刑事が実はレズビアンであるとか、3人の老探偵が絆を強めていくとか、作家や出版社の裏事情とか、サイドストーリーの方もしっかりしていてキャラクターシリーズ風味も強い。雑談が多いため、どうしても注釈が増えるのはいただけなかったが。。ウクライナ情勢なども絡んでいてリアルな一面も。
 
犯人の意外性ありバラ撒かれたミスリードの種明かしありで古き良きミステリーという感じ。

傲慢と善良  (ねこ4匹)

辻村深月著。朝日文庫

婚約者・坂庭真実が姿を消した。その居場所を探すため、西澤架は、彼女の「過去」と向き合うことになる。「恋愛だけでなく生きていくうえでのあらゆる悩みに答えてくれる物語」と読者から圧倒的な支持を得た作品が遂に文庫化。《解説・朝井リョウ》(裏表紙引用)
 
辻村さんの文庫新刊は、<婚活>に翻弄される2人の男女の物語。西澤架は自営業を営む39歳。友人も多く、容姿も高めでコミュ力もある。大学時代から女性に苦労したこともない。しかしいざ結婚話が出ると「もっといい人がいるのではないか」と躊躇し別れを繰り返してきた。気づけば39歳。まわりの友人たちは皆結婚し家庭を持ち、若い頃は頻繁にあった合コンの誘いや出会いもない。今思えばレベルの高かった元カノの結婚式の画像を見ては落ち込み、とうとうマッチングアプリでの婚活を開始する。しかし50人弱の女性と出会っては「ピンとこない」という理由で交際に至らず。。。
 
もうこれだけで「うわあ。。。」という感じである。今までモテていたことで傲慢になり、自分の価値がいつまでも高いと錯覚する。結婚相談所の社長いわく、選ぶ相手で婚活者が自分に付けている点数がわかるという。成婚に至らない人には共通点があり、口では「普通の人でいい」「高望みはしていない」と言いながら、自分に付ける点数はみんな驚くほど高いというのだ。
 
しかし、架が一般的な水準でみて酷い男だとは思えない。親との共依存や人からどう見られるかに苦しんできた真実だって婚活における「事故物件」とはほど遠いだろう。傲慢さも善良さも誰しもが持っていて、それが2人の場合は少しだけ人より高かったというだけのことだ。これだけ自分自身を見つめ直した後なら、普通の幸せな家庭を築けると思う。(しかし、そこまでしてムリに結婚せにゃいかんかね??推しやハマれる趣味でも見つければ?とも思う。婚活している人の中には、どうしても結婚がしたいわけじゃなくて周りからやいのやいの言われたりどう思われるか気にしすぎて、それが辛いからって人も多いのでは。。)
 
それよりも印象深かったのは架の女友達グループ。女のイヤなところを全面に出しましたというような、ああこういう人たちいるよねと感じさせる本物のリアル。もともとは架の「真実と結婚したい気持ちは70%」発言や真実の〇〇が発端だが、それを本人に言うとか。。「私たち、酔ってたの」と意味不明の免罪符を掲げ、「気に入っている男に寄ってきた、その男とは釣り合わない気に入らない女」を徹底的に言葉の刃で傷つける。こりゃもう、架も結婚したらこういう人たちとは距離を置いたほうがいいんじゃないか。「サバサバ」を履き違えた悪意ほど厄介なものはない。
 
それはそれとして、真実の章について少し言いたいことが。物語の筋に触れているのでご注意を。↓
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
何人か同じことを言っている人もいたが。
「震災ボランティア」をもってくるのは禁じ手じゃないかなあ。
恵まれた人だって悩みのない人だって、ああいうところに関われば何かしら考えの変わる部分はあると思う。まるっきり人生観が変わる人だっているだろう。作家としては安易なところに手を出したなと残念だった。辻村さんだからなおさら。
 
 
 
 
それがなければもっと評価は高かった、とても面白く素晴らしい作品だったからこそ惜しい。