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中野のお父さんは謎を解くか  (ねこ4匹)

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 北村薫著。文藝春秋

意外な当て逃げ犯、文豪同士の喧嘩、病床の夫が呟いた言葉の意味。編集者の娘が職場や本の中で出合う謎を父が解く、好評シリーズ。 日常の謎も文豪の謎もコタツ探偵が名推理!父と娘の名探偵コンビ日常と本の謎に挑む!お父さんの推理が冴える8篇!(紹介文引用)
 
「中野のお父さん」シリーズの続編。
「小説文宝」編集者の田川美希が、仕事を通じて出会った謎を国語の高校教師をしている実家の父親に解いてもらうというパターン。
 
このシリーズのいいところ(というか北村さんのいいところ)は、メインとなる謎解きだけではないこと。メインのところ以外の「ムダ」や「脇道」に大事なことが描いてある。実際、ページ数も脇道のほうが多く割かれている。これが面白いのよ。美希がガードマンに間違えられたとかそういう本当にホッコリするものから、笹沢左保先生は締切前は立って描いていたとかいう貴重なエピソードもたくさん。「てぐらまぐら」なんていう言葉も知ったし、「ブルーレイはDVDの偉いやつ」っていう表現も笑えた。江戸川乱歩横溝正史泉鏡花松本清張、太宰、実名を挙げて実在する資料をもとに色々な謎を解いていくのも面白かった。だから文学(ミステリ)に興味がないとかなり辛いお話もあると思う。自分も世代的にギリなものから古くて分からないものも多々。でも松本清張の盗用の話にはビックリしたし、泉鏡花徳田秋声のケンカ話の真相も興味深かった。伝聞って怖いなあ。事実がねじ曲がっていく。こういうのもミステリだよね。
 
美希と手塚がくっつくのか否かなんていう謎も残してくれたし。あと、お父さんが倒れてしまったので心配。

なぜ、エヴァンズに頼まなかったのか?/Why Didn't They Evans?  (ねこ3.9匹)

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牧師の息子ボビイはゴルフの最中に、崖下に転落した瀕死の男を発見する。男はわずかに意識を取り戻すと、彼に一言だけ告げて息を引き取った。「なぜ、エヴァンズに頼まなかったのか?」幼馴染みのお転婆娘フランキーと共に謎の言葉の意味を追うボビイ。若い男女のユーモアあふれる縦横無尽の大活躍!(裏表紙引用)
 
クリスティー作品の中では珍しい、キャラクターもののノンシリーズ長編。タイトルが面白いのでそれなりに知名度は高そう。
 
この作品の面白みはやっぱり牧師の息子ボビイと貴族令嬢フランキーのデコボココンビ。ちょっと頼りないけど人のいい純情なボビイと、行動的で気さくで好奇心旺盛なフランキー。ああ絶対この2人最後くっつくんだろうな、と予想はつくほどお似合いのカップルである。ボビイがゴルフ場で遭遇した、崖から落下したと見られる男性。死の間際に彼が言い残した「なぜ、エヴァンズに頼まなかったのか?」という不思議な言葉。それを聞いたフランキーは探偵ばりに自分たちで謎を解こうと大はりきり、流されて言いなりになるボビイ。髭をつけさせられるボビイが笑える。フランキーのいいところは、ボビイにばっかりやらせるのではなくて自分の方が危険で大胆な捜査をするところ。交通事故に見せかけて容疑者の屋敷に上がり込み、気に入られて数日滞在するって凄すぎる。。
 
最後まで犯人や悪人が分からず二転三転し、ボビイとフランキーも罠にかかって命の危機に遭うなどスリル満点、ミステリーとしても優れているし、思わせぶりなタイトルの謎もきちんと生きている。エヴァンズの居場所などで大ぼけをかますボビイたちがおかしい。今作は悪役にも魅力があって、また出てくるんじゃないかなと思わせる何かがある。トミーとタペンスシリーズが好きな人にもオススメ。

煽動者/Solitude Creek  (ねこ4.2匹)

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ジェフリー・ディーヴァー著。池田真紀子訳。文春文庫。

ボディランゲージから嘘を見抜く天才、キャサリン・ダンス捜査官。彼女が尋問の末に無実との太鼓判を押して釈放した男が麻薬組織の殺し屋だったと判明、責任を負って左遷されてしまう。だが左遷先で彼女は、満員のコンサート会場にパニックを引き起こして人々を殺傷した残忍な犯人に立ち向かうことに…。シリーズ第四作。(上巻裏表紙引用)
 
キャサリン・ダンスシリーズ第4弾。
 
新刊が出たと知りウキウキ手にしたらキャサリン・ダンスの方だったのでちとガッカリしたのは私だけではあるまい。作品レベルはそれほど変わらないのに、どれほどキャラ読みしているかが分かる。
 
西海岸のナイトクラブ・ソリチュード・クリークで死者3名を出す大事件が起きた。クラブ内に煙が充満し、パニックになった客が開かなくなった非常口に殺到、将棋倒しとなったのだ。しかし火災は発生しておらず、非常口の前にはトラックが停められていた。一方ギャング対策のパイプライン作戦で挙がった証人・セラーノに得意のキネシクスで事情を聞いていたキャサリン・ダンスは、実は組織のヒットマンだったセラーノを無関係と判断、逃がしてしまう。ダンスは処分され、民事部(交通課)へ異動することになった。
 
評価が分かれるとしたら、ダンスのロマンス部分と子どもたちの問題に大きくページを割いている点だろう。自分の評価が高いのは、本編の事件よりこちらのほうがより興味を持って読めたことによる。元カレのなりそこないオニールと、交際中の恋人ボーリング、どっちとくっつくのかドキドキ。まさかああなるとは…。マギーの問題は可愛いもんだったけど、ウェスがね…でもこれもまさかがさらに意外な真相に変わって、ホっとしたところもある。
 
もちろん事件の部分も面白かった。煽るだけで手を下さない、目的が何かも分からないこの未詳は今までにはいなかったタイプの犯罪者。群集心理の恐ろしさも見せつけられた。正直、日本人ならここまで直接的に暴力化しないんじゃないかなと思ったりもしたが…思い上がりだろうか。ああいうサイトを見たがる気持ちまでは理解できても、お金を払ってまで、というのはやはり異常だよなあ。キネシクスをあまり使わないのと、多少の中だるみがあったのでそこは減点だが、ラストが最初に繋がるというのはこういうことかとそれはもうビックリした。今回たいしたことないかな、と思っていたので。こうなると煽動者、というのは未詳のこととは言い切れないかも。あと、邦題はカタカナで統一して欲しいなあ。

五つ星をつけてよ  (ねこ4匹)

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 奥田亜希子著。新潮社。

既読スルーなんて、友達じゃないと思ってた。ディスプレイに輝く口コミの星に「いいね!」の親指。その光をたよりに、私は服や家電を、そして人を選ぶ。だけど誰かの意見で何でも決めてしまって、本当に大丈夫なんだろうか……? ブログ、SNS、写真共有サイト。手のひらサイズのインターネットで知らず知らずに伸び縮みする、心と心の距離に翻弄される人々を活写した連作集。(紹介文引用)
 
初読み作家さん。タイトルに惹かれて。
 
「キャンディ・イン・ポケット」
高校の卒業式。「日陰の生きもの」である沙耶は、通学時だけの友人だと思っていた人気者の椎子との真の人間関係にやっと気づく。勝手に劣等感を持ってしまうんだなあ。この年頃の不器用な人間関係を大人になってから悔やむ人は結構いるんじゃないかな。
 
「ジャムの果て」
主婦の晴子の趣味はジャムを作ってブログにアップすること。しかし巣立った娘と息子は、晴子から送られてくるジャムや料理を迷惑がっていた。誠実だと思っていた亡き夫、正しいと思っていた子育て、ネットで知り合った男性の悪意。主婦の孤独心が最後に爆発する。独りよがりの人生の虚しさ。なぜこれを一篇目に持って来なかった?ハートウォーミングな一篇目との作風の落差に驚いた。
 
「空に根ざして」
8年交際し、同棲していた元カノが友人と結婚し、宗喜は複雑な気持ちになる。ハッキリしないことがいい悪いじゃなくて、合わなかった、それだけだと思う。何かに、どこかに根を生やすことに臆病だったのかな。最後のアボカドを投稿しなかったこと、これだけが宗喜にとっての「根」だったのかも。
 
「五つ星をつけてよ」
認知症ぎみの母親のために雇ったヘルパーは母と気が合い、私も気に入っていた。星の評価でしか買い物が出来ない女性。まさに人のふり見て我がふり直せ。取り返しのつかないこともあるかもしれないけど、ネットの評価だけでなく自分で決めたことなら信じるしかないんじゃないかな。目で見たこと、感じたことのほうが大事。
 
「ウォーター・アンダー・ザ・ブリッジ」
直訳されるタイトルの意味を知らなかった。大学生のバンドマン・漣とネットを介して付き合い始めた中学生の麻伊は、お小遣いを貯めて東京へ行くことを決意。中学生に裸の写真送らせて交際する男がまともなわけがない。痛い経験を経て、きちんと相談すれば助けてくれる大人がいることを学んだ麻伊。子を成し、娘があの頃の自分と同じ年齢になって、さあ麻伊は自分の経験を生かせるだろうか。
 
「君に落ちる彗星」
DV男と結婚し男児を育てる元アイドルはヲチスレで叩かれ、給食センターで働く女はオチスレでストレス発散、母親が宗教の教祖の男はヲチスレの連中を眺めて蔑む。アンチコメントをする人間は実生活が充実していない説。こういう人々に付ける薬はないなあと思いながらも、こんな自分を下げて見ている何かもいたりして。と、背筋がゾクっとなる、連作ならではのまとめ方。
 
以上。
ネットをテーマにしたもの多数。現代らしい。この作家さんの物語にはスっと共感する描写が多く、感想が書きやすかった。テーマが身近であることもあるが、リアリティがあり視点が独特。自分に合っていると思うので機会を見つけて別の作品も読んでみたい。
 
 

シライサン  (ねこ3.5匹)

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 乙一著。角川文庫。

親友の変死を目撃した山村瑞紀と、同じように弟が眼球を破裂させて亡くなった鈴木春男。それぞれ異様な死の真相を探る中、2人は事件の鍵を握る富田詠子から、ある怪談話を聞かされる。それは死んだ2人と詠子が旅行先で知った、異様に目の大きな女の話だった。女の名を頑なに告げなかった詠子だが、ひょんなことからその名を口に出してしまう。「お2人は…呪われました」―その日から瑞紀たちの周囲でも怪異が起き始め…。(裏表紙引用)
 
映画化される作品の原作ってことでいいのかな?乙さんが監督らしいが。確かに映画には向いてる内容。
 
目をそらすと呪われる「シライサン」。目が異常に大きく、両手のひらに鈴のついた紐を貫通させているというその怪物に呪われた人々が次々怪死していた。シライサンの名前を聞くと呪われるというのだ。呪いで親友を失った瑞紀、弟を失った春男は、共にシライサンの謎を暴き始めるが…。
 
眼球が破裂して死ぬ描写は確かに怖かった。シライサンに昔から伝わる伝承と歴史があって、そこから全部繋がっていくのもなるほどという感じ。怪談の伝わり方がちょっと人間のいやらしさ全開だね。(ところで世に大勢いる白井さんはどうなるんだろうか)最後に色んな仮説が出てくるのも不思議でいい。
 
でもちょっとなあ、乙一である必要がないというか、乙さんらしさがあまりないというか。。乙作品として意識すると結構退屈だったな。最近乙作品でカタルシスを感じることが全くなくなってしまった。普通にいいとは思うんだけどね。

捕獲屋カメレオンの事件簿  (ねこ3.8匹)

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滝田務雄著。祥伝社文庫

元刑事でオカルト・ライターの浜谷良和は、脳の中に3Dプリンターを持つ。よろず捕獲がうたい文句の「オフィス・カメレオン」女社長阿過沙汰菜を助手に、都市伝説のような奇怪な現場を取材する。ふたりはそれらの真相ばかりか、背後に隠されている“本当に触れてはいけないもの”までも丸裸にしてしまい―凸凹コンビが人間の心の奥底に眠る業と悲哀を炙り出すミステリー。(裏表紙引用)
 
滝田さん、意外と田舎の刑事シリーズだけじゃなく色んな作品描いてらっしゃるのねえ。これも前読んだ「和気署」並に、シリーズ化してもおかしくないレベルだったけど。
 
主人公は元警視庁敏腕刑事・浜谷良和(はまやらわ)。事情があって警察を辞めた後、シンデレラ出版「季刊パンプキン」編集者兼代表取締役・諏訪院雲斗の裏稼業・「オフィス・カメレオン」で捕獲屋として活動している。諏訪院は引退していて、現在は娘の阿過沙汰菜(あかさたな)が社長。良和には特別な能力があり、一度見た三次元の空間を後に脳内で正確に再現することができる。沙汰菜のほうは遅刻癖があって天然だが、機械工作加工技術が凄い。二人のこの特殊能力で、様々な依頼先で起きた様々な事件を解決していくという内容。
 
封印された絵の秘密を暴いたり、食通男の高級ワインを取り返したり、幽霊事件に関わったり、試作車の盗まれた鍵を捜索したり。それぞれの話に特色があって飽きさせないのがいい。1話はこの作品そのものの設定が暴かれるものだし、3話は捕獲こそしないが読者側への仕掛けがあったり、最終話では良和の過去についてが詳細に語られるものだし。良和の元同僚・御小會殿歩(おこそとのほ)のキャラがいいね。名前どうにかならんのかって感じだけど。
 
犯罪スレスレ(いや、犯罪)で捜査する主人公コンビがとにかくナイス。基本はコメディ調で笑えるが、ちょっと真面目に信頼関係が伺えたり重く辛い要素もあったり、そこに色んな事件が絡んで物理的に解決して、本当によく考えられてる。詰め込みすぎ感はあるけど、キャラといい完成度は高いと思う。これをもう少し一般向けに皮を剥いたら現在の滝田作品になるかなあ。

柔らかな頬  (ねこ3.8匹)

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桐野夏生著。文春文庫。

カスミは、故郷・北海道を捨てた。が、皮肉にも、その北海道で娘が謎の失踪を遂げる。 友人家族の北海道の別荘に招かれ、夫、子供と共に出かけたカスミ。5歳の娘・有香が忽然と姿を消す。実は、 石山とカスミと不倫の関係であり。カスミと石山は家族の目を盗み、逢引きを重ねていたのだ。夫と子供を捨てても構わないと決心したその朝、娘は消えた。有香が消えた原因はもしや自分にあるのか? 罪悪感に苦しむカスミは一人、娘を探し続けるが、何の手がかりも無いまま月日が過ぎ、事件は風化してゆく。しかし4年後、元刑事の内海が再捜査を申し出る。カスミは一人娘の行方を追い求め事件現場の北海道へと飛ぶ。 この一作がミステリーの概念を変えた、話題の直木賞受賞作。(紹介文引用)
 
桐野さんの直木賞受賞作。
 
ううむ、さすが桐野さんの描くヒロイン。一筋縄じゃいかなかった。桐野作品読後、どよ~んとなるのはいつものことだけれど、本作はテーマが不倫+子どもの失踪というダブルパンチだった。ただ、この鬱々はそれだけが理由ではなさそうだが。
 
とにかくヒロインカスミの人物造形が「不快」という言葉で人間を描け、と言われたらこうなると思うほど理解不能だった。ダブル不倫までは良しとしよう(全く良くないが)。しかし、不倫相手・石山の別荘に夫婦と娘2人を連れて出かけ、相手側も子ども2人と妻を同行させているという状況で、その場で隠れて睦みごとを交わすとは…。そんなことをしているうちに相手の妻に不倫バレ、やがて5歳の長女が行方不明に。そのまま未解決事件となってしまった。石山に惚れ抜いてしまい、子どもを捨ててもいいとまで思いつめるカスミ。そもそもカスミ自身、故郷北海道から家出をし、両親と現在まで音信不通という過去がある。因果は巡る、という言葉をしみじみ実感する。
 
さらに夫に愛想をつかされ離縁を申し渡され、胃がんで余命いくばくもない元刑事の内海と共に、娘を何年も探し続ける姿は痛々しい。しかし不倫を後悔している様子ではなく、ひたすら何も見えない霧の中をギリギリで生き抜いていく。強い、と言っていいのかふてぶてしいというのか…。しかしこの作品には愚かな人間を愚かだ不快だと切り捨てるには忍びない、陰に包まれた力のようなものがあった。赤の他人はもちろん当の石山や夫ですら、自分の気持ちは分からない。そんな中、自分勝手に生きてきた内海が同胞に思えたのだろうか。この2人の関係性もよく分からないが、過去に生きる者から現在を、未来を見据えられるようになるまでの葛藤は想像を絶するものがあった。実際に事件の真相は分からずモヤモヤするが、それさえもカスミと内海の人生を大きく変えた出来事の1つでしかない。カスミはこれからどうやって生きていくのだろう。男に溺れる軽率さがある割に、1人で生きていけるしたたかさも共存してそうだが。