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柔らかな頬  (ねこ3.8匹)

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桐野夏生著。文春文庫。

カスミは、故郷・北海道を捨てた。が、皮肉にも、その北海道で娘が謎の失踪を遂げる。 友人家族の北海道の別荘に招かれ、夫、子供と共に出かけたカスミ。5歳の娘・有香が忽然と姿を消す。実は、 石山とカスミと不倫の関係であり。カスミと石山は家族の目を盗み、逢引きを重ねていたのだ。夫と子供を捨てても構わないと決心したその朝、娘は消えた。有香が消えた原因はもしや自分にあるのか? 罪悪感に苦しむカスミは一人、娘を探し続けるが、何の手がかりも無いまま月日が過ぎ、事件は風化してゆく。しかし4年後、元刑事の内海が再捜査を申し出る。カスミは一人娘の行方を追い求め事件現場の北海道へと飛ぶ。 この一作がミステリーの概念を変えた、話題の直木賞受賞作。(紹介文引用)
 
桐野さんの直木賞受賞作。
 
ううむ、さすが桐野さんの描くヒロイン。一筋縄じゃいかなかった。桐野作品読後、どよ~んとなるのはいつものことだけれど、本作はテーマが不倫+子どもの失踪というダブルパンチだった。ただ、この鬱々はそれだけが理由ではなさそうだが。
 
とにかくヒロインカスミの人物造形が「不快」という言葉で人間を描け、と言われたらこうなると思うほど理解不能だった。ダブル不倫までは良しとしよう(全く良くないが)。しかし、不倫相手・石山の別荘に夫婦と娘2人を連れて出かけ、相手側も子ども2人と妻を同行させているという状況で、その場で隠れて睦みごとを交わすとは…。そんなことをしているうちに相手の妻に不倫バレ、やがて5歳の長女が行方不明に。そのまま未解決事件となってしまった。石山に惚れ抜いてしまい、子どもを捨ててもいいとまで思いつめるカスミ。そもそもカスミ自身、故郷北海道から家出をし、両親と現在まで音信不通という過去がある。因果は巡る、という言葉をしみじみ実感する。
 
さらに夫に愛想をつかされ離縁を申し渡され、胃がんで余命いくばくもない元刑事の内海と共に、娘を何年も探し続ける姿は痛々しい。しかし不倫を後悔している様子ではなく、ひたすら何も見えない霧の中をギリギリで生き抜いていく。強い、と言っていいのかふてぶてしいというのか…。しかしこの作品には愚かな人間を愚かだ不快だと切り捨てるには忍びない、陰に包まれた力のようなものがあった。赤の他人はもちろん当の石山や夫ですら、自分の気持ちは分からない。そんな中、自分勝手に生きてきた内海が同胞に思えたのだろうか。この2人の関係性もよく分からないが、過去に生きる者から現在を、未来を見据えられるようになるまでの葛藤は想像を絶するものがあった。実際に事件の真相は分からずモヤモヤするが、それさえもカスミと内海の人生を大きく変えた出来事の1つでしかない。カスミはこれからどうやって生きていくのだろう。男に溺れる軽率さがある割に、1人で生きていけるしたたかさも共存してそうだが。