すべてが猫になる

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どうしても生きてる  (ねこ4匹)

朝井リョウ著。幻冬舎文庫

死んでしまいたいと思うとき、そこに明確な理由はない。心は答え合わせなどできない。(「健やかな論理」)尊敬する上司のSM動画が流出した。本当の痛みの在り処が写されているような気がした。(「そんなの痛いに決まってる」)生まれたときに引かされる籤は、どんな枝にも結べない。(「籤」)等鬱屈を抱え生きぬく人々の姿を活写した、心が疼く全六編。(裏表紙引用)
 
朝井作品にしては珍しく、中年世代の主人公たちの、どうしようもないが生きている――そんなギリギリの人生を集めた短篇集となっている。いやあ、キツかったな。。
 
「健やかな論理」
バツイチの佑季子は、ネットニュースで知る突然死した人のアカウントを特定する趣味がある。弟は一児の父となり、母には腫れものに触るような扱いをされる。彼氏はいるが、お互い身体目当て。そんなモヤモヤの中見つける自分の気持ち。佑季子が誰かを愛しいと思う結末は読んでいて全然健やかではないのだが、これがこれから読むこの作品集の雰囲気を決定づけているのだなと思うことができた。
 
「流転」
共同制作で漫画家として一躍ヒット作に恵まれたものの後に低迷。恋人の妊娠を機に漫画をやめた豊川は、かつての相方がイラストで成功し始めていることを知り心がざわつく。漫画をやめるきっかけに利用された恋人も気の毒だが、豊川のような人間は家族生活がうまくいっていたとしても同じような後悔を抱えて生きていくのだろうな。きちんと芯があり、流行が変わっても何十年経ってもブレない世界で生きているアーティストの姿には私も感銘を受ける。
 
「七分二十四秒めへ」
派遣契約が終了してしまった依里子。生まれたと同時に背負わされている美容やおしゃれなどの役立つ知識を真面目に1人で発信するのが女性、徒党を組みなんの生産性もないバカな動画を発信するのが男性、というようなことが書いてある。あくまでこの主人公には世界がそれだけが映っているのでしょうな。そのバカ動画に救われていることもある、みたいな話なのかな。私にはあまりピンとこない話だったが、依里子のじわじわと侵食されていっている疲れた心みたいなものは伝わった。
 
「風が吹いたとて」
クリーニング店でパートをしている主婦の由布子は、自分の半径5メートル以内に考えることがいっぱい。結局夫の問題も子どもたちの問題も、パート先の問題も、いっぱいいっぱいすぎて由布子は何も解決させないんだなあ、でもどうしようもないよなあ、という虚しさが溢れるキツい話。当事者にとってはどれも大きな問題だと思うんだけど、それだけ考えていればいい人と当事者ではないけれど無関係ではない個人の心の負担みたいなもの。
 
「そんなの痛いに決まってる」
EC業界で活躍する良大は、結婚してからインフルエンサーとしてめきめき頭角を現しはじめた「自分を脅かす存在」の妻との生活にストレスを感じ始めていた。明らかに自分より格下の女性にしか〇起しない体質って。。痛いことを痛いと言えないのも全部いらないプライドが邪魔をしてる気がする。
 
「籤」
演劇ホールのフロア長をつとめるみのりは妊娠中だが、夫の勧めで受けた検査により子どもに異常があることが分かった。それが原因で、夫の真の人間性が明らかになる。演劇の「暗転」を比喩として、「自分は最低の人間だ」と告白することによって、現実では暗転などせずその後も地続きであるという事実から目をそらさせようとする男の未熟さが表現されている。いつもハズレを引かされてきたみのりの人生だが、ある大事件により実はそうではなかったみのりの強みが明らかになる展開が見事だった。
 
以上。
それぞれ感想が長くなってしまった。それぞれ、長篇で扱ってもいいんじゃないかというぐらいの深いテーマと鋭い視点があり、唸らされた。どんな人間にもある、心の奥底の「言わないことにしている」気づきや言葉たちが丸裸にされていて、読んでいて辛いほどだった。「どうしても生きてる」というタイトルがぴったりの名作だと思う。