すべてが猫になる

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スモールワールズ  (ねこ3.9匹)

一穂ミチ著。講談社

夫婦円満を装う主婦と、家庭に恵まれない少年。「秘密」を抱えて出戻ってきた姉とふたたび暮らす高校生の弟。初孫の誕生に喜ぶ祖母と娘家族。人知れず手紙を交わしつづける男と女。向き合うことができなかった父と子。大切なことを言えないまま別れてしまった先輩と後輩。誰かの悲しみに寄り添いながら、愛おしい喜怒哀楽を描き尽くす連作集。(紹介文引用)
 
つい最近気になり始めた作家さん。まずはデビュー作のこちらから。様々な家庭の、様々な事情を抱えた人々の、わりと普通じゃない日常が描かれた連作短篇集。
 
夫の浮気と不妊に悩む美和は、近所で虐待の疑いがある少年の世話を焼き始めた。鬱屈とした日常の中に紛れ込んだ異質なもの、という雰囲気が終わりを予感させる。人間関係がうまくいっていない人って、よそで挽回させようとするなあ(一人旅したり)と常々思っているのだがその典型のような。しかしこんな悪魔的解決ある?本人は幸せだと思っているというか思い込もうとしている感じなんだが普通に怖い。
 
「魔王の帰還
高校生の鉄二には、ちょっと凄いお姉ちゃんがいる。身長188センチ、プロレス団体からスカウトが来るほどの容姿と内面にピッタリな岡山弁。このたび出戻って来た姉は、近所でも早速話題になってしまう。。これは良かった。姉を「魔王」、夫を「勇者」に見立てるワードセンスは脱帽。物語にぴったりハマった。
 
「ピクニック」
語り手「わたし」で綴られる物語。女手ひとつで娘を育ててきた希和子に、念願の孫ができた。しかし孫の未希を預かっている日中、未希が急性硬膜下出血で亡くなってしまう。状況から警察に虐待を疑われた希和子は逮捕されてしまうが…。不穏な感じが漂っている作品なので、だいたいの真相は当たっていたが…。作者に騙された。
 
「花うた」
兄を殺された女性と、その加害者との往復書簡のみで語られるお話。加害者の手紙がだんだん漢字が増えていったり知性を感じさせられるようになったりと、「アルジャーノンに花束を」を思い起こさせる展開だなあと思った。またひらがなに戻ったりするあたりも全部。この女性の決断はちょっと理解しがたい。他人の感情や事情なんて、当人じゃないと推し量れるものではないと分かってはいても。そういう話なんだと思うけど、あんまり感動できなかった。
 
「愛を適量」
バツイチ1人暮らしの古文教師、慎悟のもとに15年ぶりに娘が訪ねてきた。しかし娘の風貌は男性になっており、TJであることを告げられる。娘が戻ってきたことで、時間が止まっていた慎悟の暮らしに張りが戻り始める…。この結末の手前で、うわあ、これはひどすぎる、このお話は私ダメだ、と思っていたのだが結末で印象を覆させられた。結局、親は親なんだよね、この子にとっては。
 
式日
定時制高校時代の後輩の父親が亡くなった。参列者がいないので来てくれないか、と1年ぶりに連絡をもらった主人公ははるばる葬儀に赴くが…。それぞれ事情のある家庭で育った二人の、他人との距離感が分からない感じがいたたましかった。そして、この後輩の正体が分かったときの驚きと残念感。ここまで読んできたすべての作品をぶち壊すような虚しいものだった。
 
以上。
1編目を読んだ時はイマイチかなと思ったが、2編目と5編目が素晴らしかった。ムラがあるわけではなく、お話にそれぞれの色があるので単なる好みだろう。どれも筆力を感じるいい作品ばかりだと思う。ハマりそうかと言われたらこの時点ではまだなんとも。ただどれも読む手が止まらない吸引力の塊だったので、読破していこうかなと思うぐらいには好みだった。ちょっとイメージと違って暗すぎるきらいがあるが。。