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ハリー・クバート事件/La Verite sur l'affaire Harry Quebert (ねこ4.6匹)

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ジョエル・ディケール著。橘明美訳。創元推理文庫

 

デビュー作でベストセラー作家となったマーカス・ゴールドマンは、二作目が書けずに苦しみ、大学の恩師で国民的大作家ハリー・クバートに助言を求めるが、そのハリーが33年前に失踪した美少女殺害容疑で逮捕されてしまう。師の無実を信じるマーカスは独自の調査を開始、そして師に教えられた小説作法31条に従い、一冊の本にまとめ上げることにした。少女は誰に殺されたのか? (裏表紙引用)

 

 

スイスの作家がアメリカを舞台に描いたミステリ小説。原文はフランス語らしい。世界の読者を寝不足にした傑作とのことで楽しみに読んだらこれが好みドンピシャ。約1000ページの大作で長い道のりだったが大事に読みました。流石に一気読み出来る文量ではないので。14年のミステリランキングでも上位だったらしいが、こんなに面白い本がなぜ1位じゃない?と思ったら14年と言えば「「11/22/63」、「その女アレックス」の年か。そりゃムリだ。

 

これは寵児として名を馳せた大御所作家・ハリー・クバートと、その師弟であり新人作家のマーカス・ゴールドマンの物語である。マーカスの成功以来ハリーとは疎遠になっていたが、33年前に失踪した15歳の少女・ノラがハリーの住む家の庭から遺体で発見されたのだ。ハリーは逮捕され全てを失ったが、2作目が描けず苦悩していたマーカスは事件の矛盾に気づきハリーの無実を晴らすため奔走する――。

 

まずは34才と15才の熱愛というところに衝撃。最初は気持ち悪いと思ってしまったが、2人が本当に愛し合っている姿を読んでいくうちにいわゆる「普通の恋愛観」から愛されなかった人間の苦しみというものがひしひしと伝わり始めた。次々とあらわになる新事実。ハリーにとっては屈辱的なノラの悪評や関わった人間たちの秘密の暴露。周りの人々はハリーを有名人だと思い込み歓迎する風潮は滑稽極まりないし、マーカスの周囲の評価がいかにハリボテであるかという挿話は人間心理として興味深いし、ハリーを愛したウエイトレスの哀れなほどの勘違いは痛々しいしで飽きさせない。マーカスはじめ、出てくる”母親たち”が特に愚かに描かれているところにも注目した。

 

真相はあちらこちらと飛び翻弄され、一体どれが真相なのか最後まで分からない。1人1人の登場人物の当時の行動が「ああ、そういうことだったのか」と膝を打つものばかりで感心した。同時に、マーカスが作家として再び日の目を見ることがあるのかというスリルも味わえる。

 

今流行りの刺激的な描写も皆無だし官能シーンもない。もちろんキャラものでもない。あっと驚くどんでん返しものというには淡白すぎるだろう。自分にはこのスラスラと読みやすい訳文が心地良かったし、ミステリとしてもヒューマンドラマとしても満足のいくものだった。世間はこの作品に私ほど優しくはないのでお試しの際はそちらも参考にされたし。