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死神の浮力  (ねこ3.9匹)

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伊坂幸太郎著。文春文庫。

 

娘を殺された山野辺夫妻は、逮捕されながら無罪判決を受けた犯人の本城への復讐を計画していた。そこへ人間の死の可否を判定する“死神”の千葉がやってきた。千葉は夫妻と共に本城を追うが―。展開の読めないエンターテインメントでありながら、死に対峙した人間の弱さと強さを浮き彫りにする傑作長編。(裏表紙引用)

 

 

「死神の精度」に続く第二弾。短編集だと思ってたら長編だった。しかも結構長めの。

 

最愛の娘をサイコパス(本城)に殺された山野辺夫妻が裁判で無実となった本城に復讐をするという重く暗い内容なのだが、そこは伊坂ファンタジーの作風のせいかそれほど陰鬱な雰囲気では描かれていない。むしろ、これは山野辺の死を判定するために現れた千葉の存在のために非常に軽妙な物語になっていて、ちょっと笑えたりもする。仕事に情熱はないけど真面目で、他の死神が適当な接触しかしない中千葉だけはきちんと対象の人柄や状況を判定しようとする。でも会話と言えば自分が参勤交代に参加したときの話だったり隠喩におかしなツッコミを入れたり、どんな緊迫した環境でも音楽を必死で聴こうとしたりと相変わらずなのであった。。。いいねえ、千葉。いいわ。

 

偉人や作家の名言の引用なども多かったが、伊坂さん自身の文章に惹かれる部分がとても多い作品だった。サイコパスは強者なのになぜそれ以外の人間は淘汰されないのか、人間は飛行機よりも自分でコントロール出来る車のほうを信じるとか。絶望に絶望を、黒に黒を重ねたくないというのは伊坂作品のポリシーでもあるのかな。現実は理不尽で厳しいから。救いのない結末のほうが安易なハッピーエンドより評価されるという言葉も気になった。

 

この作品にはマスコミやなんやらと本当にイヤな人間が登場するが、他のどの作家が描いたものよりも嫌らしく憎らしく感じるのは、幻想的な作風がかえってそれを引き立てるからかもしれないなあと今更ながら気付いた。現実世界では不可能な罰も、伊坂作品なら可能。死刑でさえ生ぬるい、一生苦しめたい。だけど倫理的には・・・っていうジレンマは頭の中では理解出来る。重苦しい結末はごめんだし、めでたしめでたしもなんか違う。だけど敢えてこのエピローグは爽やかだったと言いたいな。