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戻り川心中  (ねこ4.3匹)

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大正歌壇の寵児・苑田岳葉。二度の心中未遂事件で、二人の女を死に迫いやり、その情死行を歌に遺して自害した天才歌人。岳葉が真に愛したのは?女たちを死なせてまで彼が求めたものとは?歌に秘められた男の野望と道連れにされる女の哀れを描く表題作は、日本推理作家協会賞受賞の不朽の名作。耽美と詩情―ミステリ史上に輝く、花にまつわる傑作五編。(裏表紙引用)

 


連城三紀彦三冊目は、「花」をモチーフにした傑作短篇集。

 

「藤の香」
色街で起きた殺人事件の犯人は、あの穏やかで無口な代書屋なのか――。匂い立つような時代の妖艶さが藤の香にぴったり。離れたくても離れられないこの時代の夫婦関係が起こした悲劇。

 

「桔梗の宿」
歓楽街で起きた殺人事件を紐解くのは、自身の容色に自信のない刑事。年齢を偽って身売りをする少女に疑いの目を向けるが――。事件の背景の悲しさどうしようもなさは時代だと切って捨てられない。

 

「桐の柩」
暴力団員の男が、兄貴分に頼まれた仕事は女と寝てくれという奇妙なものだった――。組長の特別な柩についた跡の謎と物語がどう結びつくのか。

 

「白蓮の寺」
自分が幼少の頃から忘れられない記憶は、母が刃物で男を殺した場面だった――。記憶の齟齬を解きほぐしながら、母への思慕が描かれる。

 

「戻り川心中」
天才歌人と呼ばれた男が繰り返した心中未遂事件。彼が愛した女とは誰だったのか――。才能に恵まれすぎた男の苦悩と入り組んだ推理の妙。


以上。連城氏の端麗で美しい文章に、思わずミステリーであることを忘れさせられる。どの作品も複雑かつ巧妙な真相と驚愕のどんでん返しがあり、さらに、人を愛することの悲しさやるせなさ、時代に絡め取られ、そうとしか生きられなかった人々の人生そのものが、数十ページの短篇に凝縮されている。この文章に飲み込まれてしまっては、登場人物の職業や性癖の好みや共感などという言葉がどうにも軽く薄っぺらく感じてしまう。女郎も、暴力団員も、歌人も、それを読んでいる間は全ての彼らが自分自身となる。連城氏が描いているのは全て1人の「人間」ではないか。