すべてが猫になる

ヤフーブログからお引越し。

トマト・ゲーム  (ねこ4.4匹)

イメージ 1

皆川博子著。ハヤカワ文庫。

 

壁に向かってオートバイで全力疾走する度胸試しのレース、トマト・ゲーム。22年ぶりに再会した男女は若者を唆してゲームに駆り立て、残酷な賭けを始める。背後には封印された過去の悲劇が……第70回直木賞候補作の表題作をはじめ、少年院帰りの弟の部屋を盗聴したことが姉を驚愕の犯罪に巻き込む「獣舎のスキャット」等、ヒリヒリするような青春の愛と狂気が交錯する全8篇収録。恐怖と奇想に彩られた、著者最初期の犯罪小説短篇集。(裏表紙引用)

 


皆川さんのデビュー短編集の完全版。このハヤカワ文庫版だけが今まで差し替えや割愛で日の目を見なかった作品の全てが収録されている。1973~76年に発表されたここの作品群は、とても自分が生まれた頃の時代に描かれたものとは思えない完成度を誇っており、皆川博子は最初から皆川博子だったんだなあと驚くばかり。不良の言葉なんてのは特に1番流行に左右されるものだが、スケバン刑事とか花のあすか組とかでしか聞いたことがないような単語が、むしろ皆川世界ではカッコ良く響く。

 

どのお話にも共通しているのが、犯罪、エロス、欲望、コンプレックス、そして目を背けたくなるようなインモラル感。人の感情ってここまで醜かったかと、なんだか読んでいる自分が悪いことをしているような気持ちにさせられる。アルカディアの夏」の異常さ生臭さ、「獣舎のスキャットの犯罪者の弟への企みが招いた吐き気のするような結末、「蜜の犬」の歪んだ愛情表現、「遠い炎」の女同士の嫉妬の煮え滾るような温度。。。犯罪に身を染めざるを得なかった人間やマイノリティの人々の苦悶、その悲鳴。それが皆川さんの筆にかかるといっそ溺れたくなるぐらい耽美だ。

 

万人受けするとは思えないが、皆川ファンには必読の書ではないだろうか。今なら入手しやすいので絶版になる前にどうかひとつ。