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ジェノサイド  (ねこ3.9匹)

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高野和明著。角川文庫。

 

イラクで戦うアメリカ人傭兵と、日本で薬学を専攻する大学院生。まったく無関係だった二人の運命が交錯する時、全世界を舞台にした大冒険の幕が開く。アメリカの情報機関が察知した人類絶滅の危機とは何か。そして合衆国大統領が発動させた機密作戦の行方は―人類の未来を賭けた戦いを、緻密なリアリティと圧倒的なスケールで描き切り、その衝撃的なストーリーで出版界を震撼させた超弩級エンタテインメント、堂々の文庫化!(上巻裏表紙引用)

 


山田風太郎賞受賞、日本推理作家協会賞受賞&「週刊文春ミステリーベスト10」1位、「このミス2012」1位作品ということで、本が好きな人なら題名を目に入れたことぐらいはあるかと思う。個人的には「13階段」以来の高野氏のファンで、共著以外は読破しているものの、本書だけはちょっと手を出すのに躊躇いがあった。長いからじゃないよ。戦争もの&化学が苦手だから。でも買うだけは買っておいて、2ページほど読んで「うーん・・・」と思ったが読書メーターの絶賛だらけの感想欄を見てビックリし、やっぱり読み進めてみたら、あっという間に物語に引き込まれた、という次第。

 

とにかくストーリー展開が面白い。難病の息子のために戦う民間軍事会社傭兵のイエーガーがある部族抹殺任務のため南アフリカへ向かう章と、創薬化学を学ぶ大学院生・古賀研人が亡き父の遺志を継いで難病の治療薬を命がけで作る章に分かれている。イエーガーの章は戦争の記述がとても痛ましくやり切れないものの、不思議な謎の「生き物」の正体暴きや人類学者ピアーズとの絡みが知的欲求をくすぐる。研人の章は、やはり化学の専門用語が溢れていてはっきり言って何を描いているのかさっぱりわからない。(多分ほとんどの読者はわからない)ここを良しとするか苦痛が勝つかも評価の分かれどころな気がする。が、もちろんそれだけで占めているわけではない。父に与えられた実験室で、父に反発しながらも十万人の命を救おうとする様は素晴らしいし、彼の周りをうろうろする人々が敵か味方かというところも謎だ。なんといっても、イ・ジョンフンという親友が出来た。私がこの小説で唯一気に入った人物で、人懐っこくも天才肌、情にもろく行動力さえもある隣国の青年は、まるで自分の親友であるかのような錯覚を見るほど魅力的だった。


米大統領はじめ関係者の腐敗ぶりや、多少理屈っぽいものの偽善とは何か、人間の愚かさがこれでもかと描かれている。この中から光明を見出すのは大変かもしれないが、それでも胸を打つものはあると思う。利益ではない、己の探求心だけでもない、純粋に他人のためになろうとする心が希望を持つ。差別がそうであるように、知らないものに対して嫌悪感を抱くのは恥だ。作中にある「人間は隣人を愛するより、世界平和を願うほうが楽なのだ」という意味の言葉が自分の中で澱のようにこびりついて離れない。苦手分野ながらも人に薦めたい傑作。