すべてが猫になる

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わたしを離さないで/Never Let Me Go  (ねこ4匹)

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カズオ・イシグロ著。ハヤカワepi文庫。

自他共に認める優秀な介護人キャシー・Hは、提供者と呼ばれる人々を世話している。キャシーが生まれ育った施設ヘールシャムの仲間も提供者だ。共に青春の日々を送り、かたい絆で結ばれた親友のルースとトミーも彼女が介護した。キャシーは病室のベッドに座り、あるいは病院へ車を走らせながら、施設での奇妙な日々に思いをめぐらす。図画工作に極端に力をいれた授業、毎週の健康診断、保護官と呼ばれる教師たちの不思議な態度、そして、キャシーと愛する人々がたどった数奇で皮肉な運命に…。彼女の回想はヘールシャムの驚くべき真実を明かしていく―英米で絶賛の嵐を巻き起こし、代表作『日の名残り』に比肩すると評されたイシグロ文学の最高到達点。アレックス賞受賞作。 (あらすじ引用)


各所で話題のカズオ・イシグロを遂に読んだ。
とりあえず有名なものからと思って本書を選んでみたのだが、これがまた予想を遥かに越える衝撃的な作品だった。現在は介護人である主人公キャシーが、ヘールシャム時代の思い出を一人称で綴ってゆく。爆発するでもない、慟哭するでもない、一見静かで端正な文章世界に一気に引き込まれた。実は、この作品のメインとなる重要な事実は記事で明かす事が出来ない。

導入部分から中盤までは、読者にヘールシャムの子供達の秘密は伏せられている。外部の大人がなぜ彼らを蜘蛛でも見るように恐れるのか。彼女らが全員妊娠出来ないというのはどういう事か。提供とは何か。当の子供達が知らないのだから謎は深まるばかりだ。
そんな異質な世界観の中、ヘールシャムの恵まれた教育、生活の様子が事細かに描かれて行く。彼らの中で流行する遊びや宝物の箱、定期的に訪れる”マダム”が引き取ってゆく彼らの「作品」、販売会や展示会など、外部とは違う常識がまかり通り、正常な視点(教師達)と混ぜ合わせてなんとも言えない魅力とぞくっとする感触が読む手を休ませない。

筋はこれぐらいとして、なんとも言いようのない残酷な物語だ。理不尽な運命を、切ない思い出を、淡々と語るキャシーの語り口が他に類を見ない特色となっていて、最後まで静謐に幕を閉じる。心の中に滞っているこの感情が虚無感なのか?愛惜なのか?どこかで見た「感動」ではない事だけは確かだ。

                             (439P/読書所要時間4:00)