ピエール・ルメートル著。吉田恒雄訳。文春文庫。
ソフィーの目の前に転がる男児の無残な死体。ああ、私はついに人を殺してしまった。幸福だった彼女の破滅が始まったのは数年前。記憶にない奇行を繰り返し、彼女はおぞましい汚名を着て、底辺に転落したのだ…。ベストセラー『その女アレックス』の原点。あなたの心を凍らせる衝撃と恐怖の傑作サスペンス。(裏表紙引用)
だが「その女アレックス」に負けないぐらい面白かった。あちらが1人の女性を徹底的に身体的に追い込む物語だとすれば、こちらは1人の女性の精神を完全に破壊させようとする物語である。どちらが良いとは言えないが、過激な描写がほとんどない分こちらの方が読みやすいかもしれない。ベビーシッターをしている女性・ソフィーが、自身の記憶のないままに預かっている子どもの惨殺死体を発見したり、逃亡中知り合った女性が同じように目の前で殺されていたり。どう考えても犯人は自分、という状況で、様々な機転と行動力で逃げ続ける描写が続く。
第二章から物語の様相が一変し、内容に触れにくくなるのは「その女アレックス」と同じだ。前と違う点は、それが「え、え、ええ!?」という意外性に打ちのめされたのとは逆に「…でしょうね」という納得感を持つ点だろう。だが真相はもっと入り組んでいた。
本当の意味での意外性はないかもしれない。事件の発端についても、常人には理解出来ない思考回路であることは間違いない。もっとソフィー自身に「何か」が欲しかったところだ。総評としては、読ませる力だけは上回ったとだけ言っておく。相当に面白い作家だ、次の邦訳を待つ。