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向こう側の遊園  (ねこ4.2匹)

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初野晴著。講談社文庫。

 

廃園になった今も、無数の花が咲き乱れる街はずれの遊園地。そこには、謎めいた青年が守る秘密の動物霊園があるという。「自分が一番大切にしているものを差し出せば、ペットを葬ってくれる」との噂を聞いて訪れる人々。せめて最期の言葉を交わせたら……。ひとと動物との、切ない愛を紡いだミステリー。 『カマラとアマラの丘』を改題。(裏表紙引用)

 


初野さんのファンタジックミステリー。5つの章で構成されているが、連作短編集の体裁になっている。最近ハルチカシリーズの印象が強くなったようだが、こういう幻想的な作品が一番好きだ。どういう作品でも素晴らしい才能を魅せる作家さんだが、文章の毒々しさと寓話的な雰囲気がそのジャンルにとても合っていると思うから。

 

廃園となった遊園地には、解体されないまま放置された遊具が佇み、四季折々の花がなぜか咲き乱れている。その遊園地を管理しているという耳の聞こえない謎の青年。事情のあるペットを埋葬してくれるという噂のもと、様々な人々がやって来る。

 

カマラとアマラの丘」
心理療法士を名乗る女性は、ゴールデンレトリーバーのハナと心を通い合わせたと言う。しかし犬への虐待の話や彼女の仕事内容を語らせるうちに、語り手の大きな秘密が暴かれる。

 

「ブクウスとツォノクワの丘」
舌を噛みそうな名前^^;。アメリカ人の夫と日本人の妻が連れて来たというのは、未確認生物のビッグフットだった――。夫と妻、どちらの精神が壊れているのか?青年と夫、青年と妻、青年と夫婦の会話がどれも噛み合わない。こちらも語り手のトリックが見事。一作目と切り口が酷似しているようだが、実は全然違う。

 

「シレネッタの丘」
やって来たのは辞職間近の刑事。ある夫婦強盗殺人事件の捜査中だという。その事件の被害者である夫婦には身体の不自由な息子を持った娘がおり、ペットとして与えたインコが事件に大きく関わっているという――。人間と言葉や心を通じ合わせるインコと少年との心温まるストーリーである反面、残酷な現実とも向き合った作品。衝撃の事実が会話に隠されているのは今までと同じ。

 

「ヴァルキューリの丘」
弁護士の鷺村は、ある目的があってネズミ獲りをしている老人の後を付けてここまでやって来た。森林開発とその老人のネズミがどう繋がってくるのか――。最初と最後で一番展開を大きく変えるのがこの作品。これも人の醜さに深く切り込んでいて、力の入った物語だった。

 

「星々の審判」
やって来た少年が連れてきたのは、黒いラブラドールレトリーバー。かつて、少年は保健所で青年に出会っていた――。殺される間近の犬を救ったはずの少年に隠された秘密は――。連作ならではのリンクがあって驚かされる。あの人物のその後は気になっていたところなので安心した。責任を取りきれない少年だからこそ、青年の真摯な想いを伝える意義があったかもしれないと思った。


以上。どれも素晴らしい出来で、逆に言うと突出して「コレ!」という作品を指せない。青年の正体は謎のままだが、それがまたミステリアスで良いのかも。ファンタジーでありつつ、臓器移植や動物愛護、身体のハンデ、心の病など、様々な題材を扱っているため、ほのぼのした雰囲気など皆無だ。ストレートに説教するのではなく、作者の視点で鮮やかに提示されるその問題点や矛盾が幻想的な世界観にマッチしていて心地良い。初野さんの作品の中でも1、2にランクされる傑作ではなかろうか。

 

映画「ガス燈」や芥川龍之介「藪の中」や宇宙犬ライカの物語などを踏まえてから読まれるとなお良いかも。ネタバレを避けて物語に取り入れているので、知らないとかなり気になる。。。