貫井徳郎著。文春文庫。
事故で妻と娘をなくし、絶望の中を惰性でただ生きる雪籐。だが、美少女・天美遙と出会ったことで、雪籐の止まっていた時計がまた動き始める。やがて、遙の持つ特殊な力は、傷ついた人々に安らぎを与え始めるが…。あの傑作『慟哭』のテーマ「新興宗教」に再び著者が挑む。魂の絶望と救いを描いた、渾身の巨篇。(裏表紙引用)
あああ~~~。読書リハビリ中のゆきあやさんが久々にさくさく読める本に出会った。。 新興宗教を扱ったミステリって好きなのよね(新興宗教が好きなわけではない、あしからず)。精神的に壊れていく
人間を描いたものが好みだからさ。
とは言っても、普通の新興宗教ものとはひと味違うのが貫井さん。交通事故で妻子を亡くし失意の底から這い上がれず、職場ではミスを連発し煙たがられ、他者からの同情を乞うばかりの男(雪藤)が主人公。
美人医師によるカウンセリングだけが心の頼りだが、ある日自分のために涙を流してくれた少女と出遭ったことが雪藤の運命を変えた。少女(遥)には不思議な能力があり、他人の持ち物に触れるだけでその人物の運命や過去、心理が読み取れてしまうのだ。遥にも両親を亡くしているという辛い過去があり、立派だった父を目標に、自身もこの能力を生かし他人の役に立ちたいと思っているのだ。
彼女の人柄と能力に感銘を受け、「遥の存在を世に広める」という人生の目標を立ち上げた雪藤。しかしことは単純に運ばない。様々な人々が関わり合い、活動は大きくなって行く。宗教団体ではないことにこだわりを見せる雪藤だが、世間の目は決して優しいものばかりではない。組織が大きくなるほどに、当初のボランティア精神からかけ離れてしまうのだ。
そして、随所に別視点としてある未亡人が登場する。反抗期の娘が東京に家出してしまい、あてもなく探し続けるのだが、彼女が遥たちとどう関わっていくのかも読みどころ。
雪藤とその母親に共通しているのは、最初は同情の余地があったのがだんだんおかしな道を歩み始め、言動が不審になってゆくところ。その素因が「宗教」であり、「世間知らず」であることは否めない。雪藤のほうにはまだ背負った不幸と流されてゆくことの怖さがあるが、母親の方の人格ははなっから崩壊していると言わざるを得ない。清く正しく美しくなんて所詮はエゴと欺瞞でしかないのだ。
正直に言うと、読ませる力だけで引っ張られた感がある。遥の人柄が理想的にいい子すぎて読者の劣等感をくすぐるし、肝心のトリックも「貫井さんだったらこれぐらいはやるだろう」の域を出ていない。ダブルで驚かせるならばそれぞれに違う発想を求めたい。個人的にはハッピーエンドに勝るものはないと思っているのだが、この作品に関しては最初の印象を覆すようなものではなかった。
でも、非常に面白い作品であることだけは保証します。
(534P/読書所要時間3:30)