アントニイ・バークリー著。創元推理文庫。
余命数か月と宣告されたトッドハンター氏は、残された期間に有益な殺人を犯そうという結論に達した。だが、生と死に関し異常な見解をもつ編集者や素人犯罪研究家、快楽のために一家を犠牲にする作家、犯人の告白を信じない捜査官などの前に、事態は従来の探偵小説を皮肉るようなユーモアをまじえて、意外な方向へ発展する。唯一無二の名作! 解説=中島河太郎(初刊時タイトル『トライアル&エラー』を改題)(あらすじ引用)
ちょっと久々のアントニイ・バークリー。
訳出のロジャー・シェリンガムシリーズを制覇した事によって少し情熱が冷めていたが、ここに来てまた
再燃。バークリー既読作の中でもベスト5入り間違いなしの傑作を読む事が出来た。
シェリンガム不在の為コミカルさは抑えられているものの、話を読ませる力、長いのに退屈する箇所がない面白さは健在。方向性としては1つの事件に6通りの解決を見せた『毒入りチョコレート事件』と同じところに属するだろう。相変わらず普通じゃない、本格ミステリの常道に反した愛すべきバークリー節だ。何しろ、殺人を犯した男が自分が逮捕されるために奔走するお話なのだから。間違って殺人犯とされた男を釈放するために、自分が犯人である証拠を探し裁判官に有罪と認めさせたい。。。こんな逆ミステリが今までにあっただろうか。しかもこれ、1930年代作家の発想なのである。
構成としては、「悪漢小説風」「安芝居風」「推理小説風」「新聞小説風」「怪奇小説風」という5つの章に分けられている。基本的には第3章以降リーガル小説なのだが、前半はバークリーがお得意とする”人物の掘り下げ””状況説明の噛み砕き”をメインに据え、このひねくれた主人公の立場と心理を説得力のあるものにしている。チタウィック氏の見せどころが終章にしか現れていない点は残念だが、最後の最後1ページまで真相を明らかにしないこの手法だからこそなのだ。
アントニイ・バークリー、やはり神だ。
(516P/読書所要時間6:30)