「好きな作品がありすぎる」作家の一人、おいらの永遠のホラーの神様スティーヴン・キング。
裏ベストを作成すれば、本書の他に『IT』『シャイニング』『ペット・セマタリー』『痩せゆく男』
がずらずらとランクインしてしまう。それなら「キング・ベスト」を作ればいい話になってしまうので
篩をかけて迷わず残ったのが本書『ミザリー』。
本書に出会ったのは高校生の頃だったと思う。当時、お金のなかった自分は所有している”自分の本”
というのは古本でせこせこ集めたクリスティやクイーン、星新一ぐらいだったんじゃないか。
本書は自分で本を買い始めたちょうどその頃で、初めて接した大人向けのホラー小説だったのだ。
実はホラー小説というのは、男子にとっての○ロ本ぐらい買いにくい。こういうものに興味があるなんて
変態だと思われるんじゃないかとか、持っていても本棚に並べてはいけないものなんじゃないかとか、
なんとなく読む事に罪悪感があるジャンルなのだ。
それでも買う勇気があったのは、キングがあまりにも流行して一般に浸透していたからだと思う。
「『IT』が怖いらしい。世界一怖いのが『IT』らしい」という評判を聞き、馴染みの本屋に出掛けて
『ミザリー』を買った。
自分がホラーでも「怪物もの」や「臓器とびだし系」が苦手なのは『ミザリー』を読んだからだし、
「キレた人間もの」や「作家とファン」設定ものが好きなのもそのせいなのだ。それまでの、
「13日の金曜日」や「死霊のはらわた」を楽しみにしていた頃の自分は、ホラーというものは
ゾンビや薬品などから創り出された怪物が人間を襲うものだと言う認識をしていた。
タイトルだけでもそれで「ミザリーという悪魔がおじさんを襲う」お話ではないか、と想像していた
貧困さだ。有名作品なので、読んでいなくてもだいたいのストーリーをご存知の方は多いかもしれない。
その恐ろしい「キレた人間」の名前は、実は「ミザリー」ではないのだ。
「ミザリー」は、主人公であるベストセラー作家のシリーズ作のヒロインの名前。
その彼の「一番の愛読者」であり、交通事故で重傷を負った彼を監禁した一人のファンがいる。
彼女の名前は、アニー・ウィルクス。
悪臭を放つ口内や、丸みのない巨体、主人公ポール・シェルダン曰く「固形物、障害物」という
印象しか受けない外見。些細な言葉で食器を投げつける程発狂し、重病人に対しての暴力や
痛み止めをわざと与えない事すら快感を覚える異常性。証言台に立った経験もあるらしく(何した^^;)、町の人々からは忌み嫌われる存在だった。
自分の為に小説を書く事を強要される彼は、身動き出来ない身体で日々タイプライターに向かう。
電話も繋がらず、訪問者もなく、下半身が粉砕し碌な治療も受けられないまま、それでも
アニーから逃れようと粉骨砕身するポール。彼のモノローグは時に狂ったように、ユーモアを
ふんだんにまじえながら綴られる。それでも生きる事とアニーへの憎しみは燃え尽きない。
この世で一番不幸な男であり、一番勇敢な男だった。そして最後まで、彼は作家だったのだ。
ファンと作者という関係が最後まで崩れなかった所も大好きな要素だし、
芸術作品の持つ「人を狂わせる力」を描いた面も優れている。アニーという精神異常者の
内面を深く考察し、アニーの価値観の歪み、恐ろしさを分析し続ける事で、同じ人間である読者は
夢中になる。そして、アニーが酷い目に遭って死んでしまえばいい、と願いながら読んでいる
自分に気付くはずだ。
今でもアニーは自分にとっての”悪役”ランキングで堂々の1位に居座ったまま。
あのちょっと哀れで、豚の鳴き真似が上手で、斧を振り回しながら「キエー!!!」と叫んだ
元看護婦が、一番の自分の大スターだった。