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出口のない海 (ねこ5匹)

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講談社文庫。

満州事変から時は10年後の日中戦争。そして日米開戦、第二次世界大戦に突入した日本。
勝利の為開発された、「人間魚雷・回天」。脱出装置はなく、操縦者は発射と同時に「死」を
約束される。
甲子園優勝投手・並木は肘を故障し、それでも夢を諦めきれず「魔球」の完成を目指していた。
野球仲間達はそれぞれ戦争になんらかの大志を抱くもの、夢を諦めるものと時代は完全に
戦争の真っ只中へ。徴兵猶予中だった大学生の並木も、海軍団へ入団を希望した。
そして、「生」とは何か、戦争とは何かの葛藤の中、並木は殺人兵器「回天」への
搭乗を志願する。



感想があとからあとから溢れ出て来てまとまらない。それほどの傑作だった。
「あ、横山さん出てる~」とそれだけで呑気に購入し、戦争小説とも知らなかった。
堅い内容だろうか。自分には専門用語など対応できるだろうか。びくびく。そう思っていたのを
吹き飛ばす面白さ。

「面白い」とは語弊があるだろうか。内容は戦争記で、当時の日本の思想、教育、あの時代の
愚かさ、悲しさが痛ましいほどリアルに学生の目を通して描かれている。
そこはやはり横山さんで、戦争の悲惨さを正面から記録的に伝えては来ない。目線はあくまで
教育され洗脳された学生からみた戦争である。そう、彼らは戦争の実態なんて
わかっちゃいないのだ。なぜ死ぬかも、なぜ人を殺すのかも。なぜ自分はここにいるのかも、
なぜ愛する人と引き裂かれなくてはいけないのかも。
だからこそ、伝わるのは戦争の愚かさと悲しさ、青春を理不尽に奪われる若者の姿、
恋だって普通にするのに、夢だって持ちたいのに、それを許されない教育と、
疑問を持ちながらも自身みずから死の片道切符を買うこの「集団心理」。

その中で胸を打つのは、喫茶店のマスターの赤いベストと並木の恋人・美奈子がしたためる
ささやかな手紙。
「戦争なんて男らしくも勇ましくもない。ただ悲しいだけだ」
「俺は回天を伝えるために死のうと思う」
横山さんのメッセージはここにある。

こんな時代があったのだ。食料もままならず、女子はスカートを穿いているだけで
指をさされ、「ストライク」「プレイボール」という横文字すら敵性語と禁止され、
(本当に今ならギャグかと思うような)幼い少年が「お国のために立派に死んで来て下さい!」と
澄んだ目で叫ぶようなこんな時代が。
今の日本、暗いニュースは後を絶たないし決して明るいとも言えないが、
少なくともこの小説を読むと平和を実感する事は出来る。
本だって読める。ゲームだってできる。ホームレスが新聞を読み、飲食店では食べ残しの山で
溢れ、ブランドのバッグに何十万円も使い、電化製品が壊れれば即新品を購入だ。
例が極端だし節度ある暮らしをしている人の方が多いだろうが、これも今の日本の実態で
側面ではあるだろう。今のレバノンイスラエルのような国だってあるのだ。

生きていく上で一番大事なものは何か。それは今も昔も同じだ。
とにかく、色々な事を感じる事が出来る素晴らしい小説だった。
物語として、純粋に楽しむのもアリだろう。人それぞれだ。
語弊がある、と書いたが、やはり面白い小説として紹介していいと思う。
高尚な事でなくても何でもいい、何かを感じて欲しい。
一人でも多くの人に読んで欲しい。お薦めします。