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元年春之祭  (ねこ3.5匹)

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陸秋槎著。稲村文吾訳。早川書房

 

前漢時代の中国。かつて国の祭祀を担った名家、観一族は、春の祭儀を準備していた。その折、当主の妹が何者かに殺されてしまう。しかも現場に通じる道には人の目があったというのに、その犯人はどこかに消えてしまったのだ。古礼の見聞を深めるため観家に滞在していた豪族の娘、於陵葵は、その才気で解決に挑む。連続する事件と、四年前の前当主一家惨殺との関係は?漢籍から宗教学まで、あらゆる知識を駆使した推理合戦の果てに少女は悲劇の全貌を見出す―気鋭の中国人作家が読者に挑戦する華文本格ミステリ。 (裏表紙引用)

 

 

今年の本ミス3位、このミス4位、文春6位登場で話題の華文ミステリ。日本の新本格に強く影響を受けた作者ということとポケミスで1段組なのが珍しいので手に取ってみたが…。自分には漢詩や礼学、儒書の素養が全くないのでウンチク部分はほぼ白目になって読むハメになった。ウンチクが凄いとは聞いていたがここまでとは。しかも、通常私の知っている新本格ではウンチクや専門知識は添え物で事件の真相を解くカギにはなりえないのだが…この作品、二度に渡る「読者への挑戦状」でフェアプレイを公言しながら、ウンチク部分が大いに事件に関わっているではないか。。。

 

そしてこの作品を大きく特徴づけている要素のひとつ、百合。その世界には明るくないのでひたすら震えながら読んでいたのだが…。いや、女の子と女の子が惹かれあうというのは別に問題ない。ただ、探偵役の葵(キ)と相手役の露申がひたすらお互いをけなしあうのは…これが噂に聞くツンデレという世界なのか?それともさすがに百合世界でも特殊なのだろうか。いや、言葉による暴力だけならまだいいのだが、拳で顔面を殴り合ったりするのは一体…?中国人なぞ。しかも、葵が召使の小休に対して虐待とも言えるひどい暴力を加えるところはとても平常心では読んでいられないレベル。


事件のトリックや犯人はそれほど瞠目すべきものではなく、帯にもあるようにこの作品の売りは「前代未聞の動機」だという。確かにこのような動機はミステリ史上お目にかかったことはない。しかし、この作品自体が前漢時代の中国の風俗を描いたもので、その土地独特の風習というものは厳然としてある。たまたま貴族に生まれ、たまたま長女に生まれ、たまたま下僕として生まれたというだけで、女子だというだけで、死ぬまで逃れられない鎖。それを1つ上の高みから「理解できない」と切って捨てることは私には出来なかった。日本や英米ミステリを読んでいるだけでは絶対に得られない未知の感覚が華文ミステリから得られたのではないかな。