すべてが猫になる

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そして、バトンは渡された  (ねこ4.3匹)

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森宮優子、十七歳。継父継母が変われば名字も変わる。だけどいつでも両親を愛し、愛されていた。この著者にしか描けない優しい物語。 「私には父親が三人、母親が二人いる。 家族の形態は、十七年間で七回も変わった。 でも、全然不幸ではないのだ。」 身近な人が愛おしくなる、著者会心の感動作。(紹介文引用)

 


初読みの瀬尾まいこさん。この方人気あるよね。

 

いやいや素晴らしかった。簡単に言えば「血の繋がらない同士の家族愛」なんだけど、その形態が非常に変わっている。現在高校三年生の優子は、生まれた時から四度名字が変わり、父親が三回、母親が二回変わった。理由は実母の死であったり実父のブラジル赴任であったり、継母の再婚であったり義理母義理父の離婚であったり。それだけ聞くとどう考えても苦労人で、不幸な生い立ちなのだが。それがまあ、どの親もいい人で優子に愛情を注いでくれたものだから、本人は全く意に介していないのだ。

 

最初は、この年ごろの女の子が自分の異常な環境について全く何も感じていないなんてことはないだろうし、寂しさも悩みもないなんて有り得ないだろうと思っていた。イジメを受けても気にしていないし、告白されても心が動いていないし。いちいち深く捉えていては生きていけない人生だったから、無自覚に心が不感症になっているだけに思えた。親たちも、いい人はいい人なんだろうがやはりちょっと常軌を逸脱したところがある。特に継母の梨花さんの倫理観はどう考えてもおかしい。娘のピアノをやりたいという夢を叶えるために金持ちと結婚するとか、これは愛情ではないでしょ。結局優子も、可愛い髪飾りやおいしいスイーツにごまかされて自分の意志をうやむやにされてるだけだし。


まあそんな風に違和感を抱きつつ読んでいたが、なんだかんだ森宮さんも面白いし梨花さんも憎めないし泉ヶ原さんはカッコイイし、私が取り込まれて行ったような。。要領がいい、世渡り上手だと自己評価している優子に対し、「いい人ばかりだったなら、うまくやれるのは当たり前」と言い放つ浜坂君や、倹約家の優子を「傲慢」だと切って捨てる森宮さん。話題がテレビや噂話ばかり、食べ物を不味いと平気で残す彼氏に対する優子の違和感。温かい空気感の中、瀬尾さんの作品にはスッと冷めた視点が入り込む。行間を読む、ではないが、描いていることをストレートに受け入れてはいけないのではないかということに気づかされた。

 

人は自分に与えられたフィールドで幸せになるしかない。血のつながりや常識よりも、今目の前にある問題の優先順位は自分で決める。今自分のそばにいてくれる人を大事にする。そんな当たり前のことを教えてくれる素晴らしい作品。