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今だけのあの子  (ねこ4.3匹)

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芦沢央著。創元推理文庫

 

新婦とは一番の親友だと思っていたのに。大学の同じグループの女子で、どうして私だけ結婚式に招かれないの…(「届かない招待状」)。環境が変わると友人関係も変化する。「あの子は私の友達?」心の裡にふと芽生えた嫉妬や違和感が積み重なり、友情は不信感へと変わった。「女の友情」に潜む秘密が明かされたとき、驚くべき真相と人間の素顔が浮かぶ、傑作ミステリ短篇集全五篇。(裏表紙引用)

 

 

初読み芦沢さん。チラホラお仲間さんのところでお名前を見るので、創元から文庫化されたこちらを試してみた。個人的にはまあ、大当たりだね。

 

「届かない招待状」
仲良し6人グループだったはずなのに、自分だけ彩音の結婚式に呼ばれなかった恵。自分の結婚式には彩音を呼んだのに…。嫌われる覚えもない恵は疑心暗鬼になり夫の携帯を盗み見るが――。女同士のうじうじにイライラしつつ、さらにこんな偶然あるか?と思うような真相でありつつも、ドロドロした関係だと思っていたものが一気に反転したのが意外と良かった。

 

「帰らない理由」
交通事故で亡くなった友人・くるみの家を訪ねた桐子と須山。桐子はくるみが亡くなる前、卓球の試合のことで仲違いしたままだった。そこへくるみの母が持ってきたのはくるみの日記だった――。桐子が帰らなかった理由は実際にこの年頃の子ならばありそうなことなのに、全く思い至らなかった。男子が女子の繊細な関係性や心理を語るというのに違和感があったが、最後に「そういうことか」と膝を打った。爽快でありながら少年の心の闇が現代の子らしい。

 

「答えない子ども」
再婚によりやっと授かった娘を一生懸命育てる母親。しかしある派手系のママに三脚を貸してから、今までの価値観が徐々に崩壊して行って――。子育てを経験していなければ分からないこともあるだろうが、作者は明らかにこの母親の考え方や行動に読者が違和感を抱くように描いているのでどう破滅するのか想像しながら読む。夫が唐突に推理を始めるのはどうかと思ったが、ほっこりした結末は悪くない。でも、このお話こそが「今だけの」だよなあ。

 

「願わない少女」
受験に失敗した奈央が入学した中学校で親友になった悠子は、漫画家を目指しているという。夢を叶えられそうな悠子に憧れた奈央は、自分も漫画家を目指していると嘘を言うが――。嘘から出た誠という言葉があるが、まさにそれだと思った。嘘をついたこと自体はどうかと思うが、楽器だって初めはみんなコピーから始めるのだし、既存の漫画をトレースすることを悪いとは思わなかったな。ミスリードが秀逸で見事に騙された。これは「都合のいい話」ではなく、サクセスストーリーだと思う。

 

「正しくない言葉」
夫を亡くし老人ホームで暮らす澄江。孫が遊びに来てくれるのを待つだけの生活だが、ある日隣室の孝子のところを訪ねて来ていた義理の娘が、孝子とはうまくやっていけないとこぼしているのを聞いてしまい――。長年一緒に「仲良く」していて一体お互いの何を見ていたんだと思わないでもないが、相手を想っているということを言葉にせずに見事に表現できているなと感じた。

 

以上。良い作品を読むと感想が長くなってしまう私の悪い癖。

 

実は1話目の途中で挫折しようかと頭をよぎったぐらい最初の違和感は強かった。女同士のドロドロを描いたものは好物だが、この作者が扱うものはどれも幼稚くさく見えたから。だが2話目まで読んで作風と力量が分かってからはスルスル。ミステリ的にもレベルが高いので「日常の謎」を本格ミステリの域までに引き上げていると思う。ほぼ全て、温かい気持ちで読み終えられるのもいい。特に「帰らない理由」と「願わない少女」は素晴らしかった。この読後感は、最初「気に入らないな」と思っていた人が、いざ喋ってみると「めっちゃイイヤツじゃん」、ってなるアレと似てる。