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メアリー・スーを殺して 幻夢コレクション  (ねこ4匹)

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乙一中田永一・山白朝子・越前魔太郎著。朝日新聞出版。

 

「もうわすれたの? きみが私を殺したんじゃないか」
(「メアリー・スーを殺して」より)

合わせて全七編の夢幻の世界を、安達寛高氏が全作解説。
 書下ろしを含む、すべて単行本未収録作品。
 夢の異空間へと誘う、異色アンソロジー。(紹介文引用)

 


乙一さんの新刊は、全てがご自身と別名義で編まれた異色の短篇集。解説者の安達寛高氏は乙一さんの本名だそうです。う~ん、徹底している。

 

「愛すべき猿の日記」乙一
ドラッグを嗜み自堕落な生活を送っていた青年が、父の遺したインク瓶がきっかけで更生していくストーリー。舞城王太郎のような、ノンストップ型のリズム感ある文体。人助けをしたところを女の子に目撃されてロマンスが始まるって凄いベタな妄想だな^^;

 

山羊座の友人」乙一
いじめが原因で殺人事件に発展する少年の物語。あくまで主人公は加害者であり被害者である友人を助ける役割。だが、携帯電話の血痕や関係者の行動時間などから事件の真相を推理する。友だち思いでいい少年だと思うが、いじめを保身のために傍観する記述などがあり、リアリティを感じる。ミステリーとしてもなかなか楽しめた。

 

「宗像くんと万年筆事件」中田永一
クラスで万年筆を盗んだ疑いをかけられ、いじめられる少女。クラスメイトの不潔で嫌われ者の宗像くんが少女の冤罪を信じ探偵よろしく活動を始める。1番最低なのは担任教師だよなあ。面白いが、構成と文章がちょっと教科書的に感じた。

 

メアリー・スーを殺して」中田永一
二次創作が得意な少女は容姿も冴えずコミュニケーションも苦手だが、ACG(アニメ・コミック・ゲーム研究)部に勧誘され、活躍する。ある日、愛読者から受けた指摘にショックを受け、自己改革を試みるのだが…。「メアリー・スー」というのは映画「スター・トレック」からの派生語で、作者の願望が不快なほど投影されたオリジナルキャラクターのことらしい。前向きに終わる物語だと解釈したものの、リア充になればなるほど創作力が落ちるとすればあまりにももったいない。

 

「トランシーバー」山白朝子
言うまでもなく、3.11から着想を得た作品。最愛の息子を失った父親の再生物語。これも小説の見本のような仕上がりだなあと思った。

 

「ある印刷物の行方」山白朝子
大学の先輩から紹介された、ある研究所での謎の焼却の仕事を受けた女性。中身が何かを聞かされないまま、退屈で単調な仕事を続ける。だがある日、焼却する箱の中から赤ん坊のような声が。。。山白朝子ってホラーテイストだったか。「ザ・フライ」を彷彿とさせる不気味さ。3Dプリンターっていずれこんなことまで出来るようになるのだろうか。ぞぞ。

 

エヴァ・マリー・クロス」越前魔太郎
唯一の海外が舞台の作品。三流出版社の記者である青年が巻き込まれた、恐ろしい「人体楽器」によるコンサート。好奇心が抑えられず青年は単身コンサートに乗り込むが。1番好みだったと言えば趣味が悪いということになるだろうか。こういう漫画あったよなあと思いながら、不気味な人体楽器の描写とスリルに夢中になれた。文体がモロ舞城王太郎^^;越前魔太郎って舞城作品のキャラクターだと聞いたので興味があるなあ。


以上。
乙一氏はデビュー当時から「小説の書き方」というものを持っていたと記憶している。なんとなく、天才と呼ばれた17歳の頃から変わっていないようで、そこから何かが削ぎ落とされてしまった、作品によってはそんな印象も受けた。触れるだけで壊れそうな、あの殻に閉じこもって1人で震えているような繊細さが表面的になってしまったような。よって今回の高評価は表題作と最後2編に限ってのみ捧げたことにする。愛ゆえの、あくまで個人的な感想。基本的には良い作品集だと思う。