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新月譚  (ねこ3.7匹)

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貫井徳郎著。文春文庫。

 

美貌と壮絶な作品世界で一世を風靡した作家、咲良怜花。だが彼女は突如として筆を折った。なぜ彼女は執筆をやめたのか。彼女が隠し続けてきた秘密とは何か。沈黙を破り、彼女は語り始める―目立たない娘だった彼女を変貌させた、ある男との恋の顛末を。恋愛の陶酔と地獄を活写し、読む者の呼吸を奪う大作。(裏表紙引用)

 

 

貫井さんの大長編。いやあ、やっと終わった、凄かった。何が凄いって、およそ600ページ強の内容がほぼ女性作家1人の一人称で、しかもどんよりどよどよ。生まれつき醜い顔貌であることで卑屈に生きる普通の女性が、ベストセラー作家となり、その筆を折るまでの全て。後藤和子という平凡な名前を捨て、数度の整形手術により誰もが振り返る美女となった咲良怜花の人生がほぼ余すところなく描かれている。

 

おそらく、ほとんどの読者は咲良怜花の男の見る目のなさにうんざりするのではないだろうか。会社社長で、若くて、イケメンで、会話に長けていてと聞けばどんだけイイ男なのかと最初は思うが、要はただの浮気者である。しかも、言い訳がうまい。怜花も、騙されているわけではなく、ただひたすらこの浮気男のそばにいたくて覚悟を持って許してしまっているのだ。それの繰り返し。

 

まあ、分からないわけでもない。のめりこんでしまえば、浮気者だと分かっていても会えなくなることだけは避けたい女心というのは。しかもこの男、浮気者で不誠実だということを除けば確かに他に見ないイイ男なのだ。こういう思い通りにならない男が好きな女性は珍しくないんじゃないかな。ただ怜花の場合は、自己評価が低すぎてしがみついちゃってる1番ダメなパターン。

 

しかし語り手が駆け出しとは言え作家なので、出版業界のことを詳しく描いているのは興味深かった。私はあまり賞に価値を見出すタイプの読者ではないのだが、これからは意識を変えてもいいかなと思う。少しはね。咲良怜花という作家の作品は、読む者の心の形をまるごと変えるという。彼女の作品を読みたいと思った。皆川博子氏のような作家だろうか?想像は尽きない。

 

イライラするとは言え、貫井作品の中では1、2を争う読ませる作品だった。それだけに残念だったのは、この物語の落としどころがなんとも普通であったこと。非凡な人生を描いているのだから綺麗な着地は望めないとは思うが、これでは物足りない、もったいなかったのではないかな。