すべてが猫になる

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箱庭図書館  (ねこ4.2匹)

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僕が小説を書くようになったのには、心に秘めた理由があった(「小説家のつくり方」)。ふたりぼっちの文芸部で、先輩と過ごしたイタい毎日(「青春絶縁体」)。雪面の靴跡にみちびかれた、不思議なめぐり会い(「ホワイト・ステップ」)。“物語を紡ぐ町”で、ときに切なく、ときに温かく、奇跡のように重なり合う6つのストーリー。ミステリ、ホラー、恋愛、青春…乙一の魅力すべてが詰まった傑作短編集!(裏表紙引用) 

 

 

乙一の作品がなかなか読めなくなった。元々寡作な傾向がある作家さんなので、好きになった頃に一気に読んでしまったからなあ。そんな私が飛び上がって喜ぶ、乙一名義の作品集がついに手元にやって来た!乙作品ならもう短編集だろうとナニ集だろうと構わない。

 

「小説家のつくり方」は、タイトルだけでもう萌えてしまう。乙さんを主人公にしたエッセイではなく、趣味で小説を描く少年が描いた作中作とリアルな少年の現実を上手な構成で描いたもの。少年の唯一の読者である「先生」との交流を温かく読ませてもらったが、なかなか一筋縄ではいかないオチが待っている。

 

「コンビニ日和!」は、コンビニ店員の二人が閉店間際強盗に乗り込まれ、戦々恐々するお話。これもいつバレるかどうなるかの緊迫感がテンポよく描かれており、さらに想像を凌駕する真相が用意されていた。若干どこかで見たような感がするのはしょうがないか。常連っぽい警察官の反応についてちょっと疑問が残ったな。誰か私を納得させておくれ。

 

「青春絶縁体」
この作品を読めただけでもう満足した。いわゆるラノベ調の、二人しか居ない文芸部に所属する少年少女の不器用な恋愛コメディ。死ねだのなんだの遠慮なく吐いているのでオバサンとしては眉を顰めるが、その応酬が彼らの「技」なんだろうな。坂から転げ落ちて告白とか、別の作家ならここで「あがり」なんだろうけれど、そうしないんだよね。

 

「ワンダーランド」
頭が良くて気が良くて、親にも先生にも期待されている優等生の少年が、拾った鍵に合う鍵穴を求めてさまよう物語。ある誘拐殺人事件と絡ませて、サスペンスとしての辛味もピリっときいている。この作品については結末が別の方向を向いていて、解決したように見せてもしや。。という余地の残し方が見事だった。

 

・・・と、ここまでホクホクと読み終わって、気まぐれに巻末あとがきを読んでビックリ。これ、集英社のWEB文芸の企画らしい。つまり、読者のボツ原稿を送ってもらい、乙さんがピックアップしたそれらをリメイクした――それがこの短編集「箱庭図書館」らしい。驚くと同時に、正直チョット残念に思った。そのせいか、後に続く二作品「王国の旗」「ホワイト・ステップ」はどうも乗れなかった。

 

「王国の旗」
勝手に車のトランクで寝ていた少女が、ある少年と出会い、ボウリング場ならぬ「子どもの王国」に連れて来られて――というお話。出だしは掴みが良かったものの、子どもたちの黒さが中途半端な印象。少女が人生に気付くきっかけもあやふやだしそもそも好きでもないのに付き合うなよぅ。と、いうわけでよくわからなかった。

 

「ホワイト・ステップ」は、雪面に描く文字だけで交流をはかるという、パラレルワールドをテーマにした不思議なお話。いかにも乙さんが好みそうなアイデアだと思った。主人公と少女の、お互いのための行動は微笑ましかったし、母と娘の邂逅や主人公の恋愛への可能性など、よくこれだけのものを綺麗に繋げたなと思う。要は構成が上手いのだ。

 

以上。
とはいえ乙さんの作品集でもあることに間違いない。たとえば技術を駆使することだけに特化しないで、ひとりぼっちの心や変化する人間の気持ちさえもその筆力でなんなく描けてしまうところ。そういえば、絶賛された「夏と花火と私の死体」と並んで収録された短編が前の作品に劣る、なんてことも乙さんにはなかったのだ。完全オリジナル望む。