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トスカの接吻 オペラ・ミステリオーザ  (ねこ3.6匹)

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深水黎一郎著。講談社ノベルス

プッチーニ作曲の歌劇『トスカ』上演中、主演女優のナイフが相手役の首筋に突き刺さった!「開かれた密室」である舞台に、罠を仕掛けた犯人の真意は!?さらに前例のない新演出の予告直後、第二の犠牲者が…。芸術フリークの瞬一郎と伯父の海埜刑事が、名作オペラゆえのリアリズムを逆手に取った完全犯罪の真相を追う。 (裏表紙引用)


これは”芸術シリーズ”か、”神泉寺瞬一郎シリーズ”か。どちらにしてもそんな感じのシリーズ第2弾である。前作『エコール・ド・パリ~』では絵画の世界に絡む殺人事件だったが、今回はオペラである。
芸術に造詣が深い作者らしさが一冊まるごと詰まっている。救われるのは、芸術に造詣が浅い読者を置いてけぼりにせず、かと言って端折りもせず、柔らかく楽しく教示してくれるところ。『トスカ』の筋を知らない自分でも、事件と平行して劇内容を語られた事により作品内に入り込みやすかった。さらに、徹底的なピエロ役である大?見警部がどうしようもない無教養ダジャレ連発オッサンで、彼の存在意義とは「ここに自分よりあほがいる」と読者に安心感を与える役割であろう(笑)。(漢字が出せません;;どなたか、「べし」「カク」以外の読み方存じません?^^;)

第一の事件は、劇中で刺殺されるスカルピア役が、ナイフが本物と入れ替わる事により本当に刺殺されてしまうという、ミステリの定番五本の指に入るものである。元々の『トスカ』が”謎に満ちたオペラ”(オペラ・ミステリオーザ)である事のさらに上塗りをした設定で、ナイフすり替えの困難さや人格者であった被害者の突然の豹変の理由など、惹き付けるものが多い。さらに、カリスマ演出家が自宅の浴室で殺害されるという第二の事件が絡み、ダイイングメッセージを加え謎が深まってゆく。

注目したいのは、最近増えた「本格ミステリ」に対する警鐘が随所に挿入されていること。「密室談義」を開陳する作家は数居れど、深水氏は「見立て」「ダイイングメッセージ」をも深く検証している。斬新な意見ではないのだが、タブーに言及し自らの首を絞めハードルを高く課しているのは明白で、その心意気には嘆息するばかりだ。その心意気通り、ロジックのたたみかけを魅せてくれる作品ではあるが、最後に少し息切れした感も否めない。動機に信憑性を感じられないのは自分が芸術家ではないからかもしれないが、でもそれを言うと欠点がないんだよね(笑)。

                             (286P/読書所要時間4:00)