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SOSの猿  (ねこ3.7匹)

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伊坂幸太郎著。中央公論新社

ひきこもり青年の「悪魔祓い」を頼まれた男と、一瞬にして三〇〇億円の損失を出した株誤発注事故の原因を調査する男。そして、斉天大聖・孫悟空―救いの物語をつくるのは、彼ら。 読売新聞連載時から反響を呼んだ最新長編。 (紹介文引用)


前作「あるキング」から少しのインターバルを経て発売された新刊。書き下ろしではなく、新聞で連載されていたものを纏めたらしい。予約しようと思ったが、現場で実物を見てしまったので買った。表紙に惹かれたのと、1ページだけ読んで「こりゃイケる」と思ったため。

本書はまたしても伊坂さんの実験作、というような噂を聞いたが、実際読んでみると普通に元通りの伊坂さんだった。かと言って代表作だとか傑作だという位置づけにはなりそうもないが、伊坂さん独特の
洒落た言い回しや物事に対する皮肉な視点は健在。ファンならこの文章だけである程度は楽しめそう。

モチーフは西遊記エクソシストユングの定義。テーマは物事の因果関係。
主人公は、悪魔祓いの男・二郎と株誤発注事故を起こした証券会社の調査をする五十嵐。二郎は本人が語るが、五十嵐の章に関しては謎の二人称視点が用いられている。「あるキング」を思い出すなあ。
二郎が「私の話」五十嵐が「猿の話」と交互に語られる二重構成。それぞれの身の周りに起こった出来事や人物が、どういう因果関係を持って関わり合って来るのかが基本となっている。
が、ここで西遊記が絡んで来るのが最大の特徴か。
個人的に孫悟空のお話はあまり好きではないので(ドラマは観ていたが)、なんだかノレない。。この要素を外してくれればかなり読むテンションが違ったのになあ。しかし、物語としては状況を伝えるのにこれほど的確なものはなかったのだろう。

印象に残ったのは、救急車のサイレンを”SOS”のメッセージと受信し「どこかで誰かが痛い痛いと泣いている」という表現。この時代、誰でも泣いてるよと心の奥底でひねくれてみせるが、身体の痛みが精神をも蝕む事ぐらいは知っている。小説内で打ち出される「暴力はいつでも悪いのか」という提起は伊坂作品らしいが、今回は珍しく悪の側からではなく、弱者の悲鳴である事が興味深い。作家って、いつでも進んでるんだな。

後半から明らかとなる物語の”仕組み”には素直に感心したし、エンディングの潔さも相変わらず爽快。
誰が読んでも「終わった」と分かる言葉の配置も素晴らしい。
絶賛はしないが、それなりに満足の出来る伊坂ワールドだった。

                             (288P/読書所要時間3:00)