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八日目の蝉  (ねこ4.3匹)

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角田光代著。中央公論新社

逃げて、逃げて、逃げのびたら、私はあなたの母になれるのだろうか。理性をゆるがす愛があり、罪にもそそぐ光があった。角田光代が全力で挑む長篇サスペンス。 2007年 第2回 中央公論文芸賞受賞。
(紹介文引用)


前日読んだ「13の理由」に続き、またしてもショッキングな物語を読んだ。
ある孤独な女が、愛人の家に忍び込み生後6ヶ月の女児を誘拐し、3年もの間逃亡を続けるというストーリーである。最初は不審な女性のアパートに転がり込み、宗教団体のようなホームに入所し、果ては小豆島で住み込みのホテル清掃人となり、犯罪者としての姿を隠し他人の娘を愛し、わずかの逃亡生活を生き抜いて行く。娘は薫と名付けられ、女を母と信じ、心を通わせて育つ。

なんという残酷で哀れな。許しがたい。そんな最初の自分の心が、徐々に女と同化していく事が恐ろしかった。そもそもの元凶はだらしない愛人と心ないその妻ではないか。どうか逃げ切って欲しい。そんな感情が押し寄せてしまってしょうがないのだ。

怒濤の第1部から、第2部は両親の元へ返された薫の、大学生となった姿で始まる。なぜ、自分だったのか?変わってしまった両親、誘拐犯に育てられた子供としてのいじめ、あの女と同じ人生をなぞろうとしている自分。ほとんどの子供に与えられるはずだった”普通”を体験出来なかった少女が、今、何を思うのか。。。

もうダメだ。辛すぎて読めない。
登場人物の境遇に同調してしまう事もさることながら、自分の本心が”女と薫と2人で幸せに暮らして欲しい”と言う感情に支配されてしまった事。もちろん社会通念上許される事じゃない。誘拐は罪悪である。しかし、この作品が傑作である事の骨幹はそこにあるはずだ。自分と同じ感情に縛られたからこそ、本書は多くの人々に支持されているのであろう。思うような都合のいい結末ではなかったが、このラストシーンには何の不満もない。合理的な結末、すっきりとした読後感、現実と比較するだけのリアリティ、そんな小さな物差しは世の中の本から捨て去ってしまえ。

                             (346P/読書所要時間3:00)