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七度狐  (ねこ3.6匹)

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大倉嵩裕著。創元推理文庫

静岡に行ってくれないかな?北海道出張中の牧編集長から電話を受け、緑は単身杵槌村へ取材に赴く。ここで名跡の後継者を決める口演会が開かれるのである。ところが到着早々村は豪雨で孤立無援になり、関係者一同の緊張はいやが上にも高まる。やがて後継者候補が一人ずつ見立て殺人の犠牲に…。あらゆる事象が真相に奉仕する全き本格のテイスト、著者初長編の傑作ミステリ。 (裏表紙引用)


落語シリーズの第2弾はなんと驚きの”長編”。
落語に弱い自分でも楽しく読めた前作は短編集だったので、さて長編ならどんな作風になるやらと期待満々で読みました。

・・・と思ったら、なんと横溝風の雰囲気ばりばりの本格ミステリではありませんか。過疎村に古秋一門会の取材に赴いた緑が、異様な連続殺人事件に巻き込まれるという。。古秋一門は、犬神家をそのままそっくり写したように三人の弟子(息子)が居りまして、使用人や妻などなど、色々絡みあって複雑な人間模様を映し出しています。
筋だけを見ると普通なのですが、これが普通でないのはやはり落語界の悲喜こもごもや職業の異様性をうまく交えているからでしょう。無知な読者にもわかりやすく、見立てとなった七度狐の小噺が物語の流れと共に紹介されてゆきます。事件そのものも、落語界ならではといった趣きで、芸術に取り憑かれた人間の恐ろしさとその魅力までもが描かれているのです。

しかし、ミステリとしての面白さは一部で微妙。
ピンチになると駆けつける探偵の演出、最後まで真相を明かさない引きのうまさ、期待を損なわないどんでん返しと余韻を残す哀愁。80%は合格なのですが、やはり本職ではない甘さが所々で出てしまった。読者にフェアに情報を提供するという基本を忘れたのは致命的。せっかくクローズド・サークルの設定を拵えたのだから興が醒める。人間関係の見えざる真相は想像で補えるとしても、伏線が発動しない(存在しない)のであれば推理の醍醐味がないと思う。それとは話を別に、たとえばほとんどの人間にアリバイがある場合と全くない場合、どちらが面白いかは一目瞭然。こじつけとまでは言わないが。

後は、肝心のメインキャラクターの問題かな。緑が出て来てもしばらく誰だかわからなかったし、安楽椅子探偵(ほぼ)の牧が探偵役として全く個性がないのはいかがなものか。いつも面白い魅力的なお話を描く作家さんなのだから、そこさえクリアしてくれれば些細なミステリとしての粗なんて気にもならないくらい無敵になると思うのだけど。

                             (379P/読書所要時間3:00)