すべてが猫になる

ヤフーブログからお引越し。

遠きに目ありて  (ねこ3.8匹)

イメージ 1

天藤真著。創元推理文庫


成城署の真名部警部は、とある縁で知り合った岩井信一少年の並外れた聡明さに瞠目するようになる。
手ほどきしたオセロゲームはたちまち連戦連敗の有様だ。ある日、約束を反故にしたお詫びかたがた
目下の難事件”多すぎる証言の問題”について話したところ、少年は車椅子に坐ったまま……。
数々のアイディアとトリックを駆使し、謎解きファンを堪能させずにはおかない連作推理短篇集。
(裏表紙引用)



この作品が車椅子に坐った少年の安楽椅子探偵ものだという事は知っていたが、読み始めてすぐに
ショックを受けた。怪我で歩けない子なのかな、と想像していた身に、重度の脳性マヒで喋ることも
ままならない少年の登場は少しキツい。自分も身内に二人障害者がいるので、果たして素直に
楽しめるかどうか不安もあった。

そんな心配は杞憂で、たちまち少年のひたむきな一語一語と洞察力、警部や母親はじめ、周囲の
人々の温かい視線に釘付けとなる。警部の説明だけで一つ一つ疑問を氷解させ解決に導いて行く
様はまるで手品のよう。この「疑問を提示する」というのが一般人には一番厄介で、そもそも
何が謎なのかに気付けないから真相に辿り着けないのだ。先入観を持たない少年だからこそ、
普通の人ならみすごしてしまう些細で重大な手がかりをスパッと明示してしまう。
中には少年が外に出て確認をしたりするお話もあるが、厳密に言えば情報は全て警部からの話だけ
なので安楽椅子探偵と言って問題はないだろうと思う。

作中で必ずバリアフリーの問題が取り沙汰されるが、説教臭さがなく、あくまで優しい気持ちから
発生した表現をしているので読んでいて心苦しさを押し付けられる事もない。
少年が暮らしている80年代に比べれば日本はバリアフリーが進んではいるが、完全とは言えない。
車椅子で通れない道や入れない場所などはまだまだたくさんある。(ベビーカーを使った事のある
方ならお分かりになると思う)

まあ、それを言うと話す場所が違うので本書を手に取られるにはあまり堅苦しく考える必要はない。
この信一少年はお気に入りの探偵に加わりそうだ。