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第16位 『人間の証明』 著/森村誠一

自分が若い頃読んで来た作家で、森村誠一を外す事は出来ません。この方も、80年代から現代に
かけて「社会派」として活躍しておられる作家さんで、その膨大な作品群には目をみはるものが
あります。森村氏は『高層の死角』で第15回江戸川乱歩賞を受賞され、その後多くの傑作を
生み出して来ました。その中でも、ベスト1と言うべき大・大傑作が本書『人間の証明』だと
断言しても差し支えはないでしょう。

人間の情に訴えるミステリーとの出会い。自分にとって、本書はそういう位置づけです。
本書は書かれた時代が時代ですから、スケバンが出て来たり^^;、「どこへ行くつもりなの?」
「この道の続く限りさ」「キザな言い方ね」と少しばかり痒い会話をしていたりしますが^^;;
まあ、今回読んだのは「新装版」でしたから、それほど時代遅れな印象も受けずでした。
社会情勢などはやはりズレを感じるところですし、いえ、だからこそ今の「理由なき殺人」
が横行する世の中に一抹の悲しさと怖さを感じます。

この作品のタイトルは有名だと思いますが、読んだ事はないよ、という方もいらっしゃると
思います。
では、このフレーズについてはどうでしょう。

『母さん、僕のあの帽子、どうしたでせうね?』

西条八十の、母と子の思い出をせつなく描いた一編の詩は、この作品によって当時流行語と
なったそうです。映画化され、ドラマにもなりました。
詩のこの先も作品で掲載されておりますが、ほんとに良い詩で、普段詩などを読まない自分が
この文章を読んでいると作品の中に取り込まれて胸が苦しくなるほどです。
飛んで行った帽子、その側で咲いていた花。。情景が浮かび、少年の心が浮かびあがります。

人間の証明』は、なんと最上級ホテルのエレベーター内で黒人が刺殺されるシーンから
始まります。棟居刑事が捜査を開始し、被害者の背景をどこまでも追いかけます。
公園で見つかった麦わら帽子、「日本のキスミーへ行く」という言葉、日米共同の捜査では
混乱を極め、遂に手がかりを掴みます。
そして、ある政治家と女流評論家の息子がある事件を起こしてから、意外な事実が
判明するまでと、一見何の関係もなさそうな一人のサラリーマンの妻が失踪する出来事が
交互に挿入されて行きます。


本作で注目すべきは、シリーズキャラクターである棟居刑事の人となりです。本書が彼の
初登場作品。彼は、刑事でありながら不幸な生い立ちの為に人間不信に陥っています。
その幼少の頃のトラウマというべき残酷な出来事は読んでいて本当にキツいのですが、
この、彼の性質が物語に非常に上手く機能しているのです。
さらに、マスコミからもてはやされ、子供を商売の道具とまで言わしめる母親と
反抗する息子の張りぼての関係も読みどころ。時々登場する「熊のぬいぐるみ」が
事件の様々なシーンで有効に活用され、小道具使いのうまさも素晴らしいところです。


ミステリーとしての「謎解き」の面白さは重要ではないかもしれません。
本書が素晴らしいのは、家族、恋人、夫婦、人間関係の機微を見事に物語と絡ませて
表現しききっているところでしょう。犯行動機や、犯人を追いつめるシーンに
不満を感じる事の多い方は、ぜひこの作品を。タイトルの文字通り、人間をとことんまで
描いた傑作と言えましょう。別に理由のある犯罪や同情の余地のある犯罪を美化したい
わけではありません。登場するのは許し難く、哀れな人間が多いのです。
さらに、事件が解決したと思いきや、とんでもない伏線から意外な事実を提示して来ます。
ラストの1ページまで、気を抜けない傑作です。
10年ぶりに読んだけど、泣けたよ~。ちなみに、ウチのおかんのミステリーベスト3が
コレです^^;