すべてが猫になる

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新世界  (ねこ4匹)

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柳広司著。角川文庫。


1945年8月、砂漠の町ロスアラモス。原爆を開発するために天才科学者が集められた町で、
終戦を祝うパーティーが盛大に催されていた。しかしその夜、一人の男が撲殺され死体として
発見される。原爆の開発責任者、オッペンハイマーは、友人の科学者イザドア・ラビに事件の
調査を依頼する。調査の果てにラビが覗き込んだ闇と狂気とは。(裏表紙引用)



史実を的確に捉え、フィクションとしてのミステリーと融合した作風で毎回楽しませてくれる
柳さん。本書は作者と共に被爆国民として強烈なメッセージ性の強い作品となった。
翻訳物という体裁を取り、登場人物に日本人を配さない作りなのは、エンターテイメントとしての
自覚から、読者に肩ひじを張らせない為のワンクッションなのか、作者の好みなのか。

それぞれの立場から原爆における悲惨さを描いている。
それはもう凄い迫力で、読んでいて楽しんで面白がってはいけないのではないかと思わせる
痛烈なものだった。広島の方々が読めば反感すら買いかねないのではないか。
ユダヤ人虐殺についても触れられており、自分はまだまだ知らなかった事が多くにある事も
勉強になった。

大量虐殺と、ミステリーとしての「たった一人の殺人」と。ともすれば「命の重さは同じ」
などというテーマに陥りがちなところも、作者は「狂気」という共通の要因に変えてしまった。
物語としてうまく機能出来たのはまさにテーマがそこにあるからで、
史実とミステリーと別々に捉えれば小説としての完成度としては高くはないかもしれない。


面白いのは『トーキョー・プリズン』のほう。
でも私が読んで欲しいと思うのは本書のほう。