すべてが猫になる

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ワーキング・ホリデー  (ねこ4.8匹)

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坂木司著。文藝春秋


売れない元ヤン・ホスト沖田大和の働く「クラブ・ジャスミン」に、突然小学生・進が乗り込んで来た。
「はじめまして、お父さん」ーーー耳を疑う言葉に度肝を抜かれた大和だが、実は母親に心当たりが
あった。進は、夏休みの間大和と同居すると言う。血気盛んな元ヤンと主夫くさい小学生との
奇妙な生活が始まったが、大和はささいな事件を起こしホストクラブをクビに。大和の転職先は、
地域密着型の宅配業者、「ハチさん便」!大和専用の特別仕様車(リヤカー^^;)に荷物を乗せて
大和は今日も町を行く。息子の為に!




我慢出来なくなって買っちゃいましたよ。。最近めっきり進まなくなった読書が嘘のようにあっと
言う間に一気読み。でも買って大正解。面白かったのもあるけど、書き下ろしのショートストーリー
(第一章)が封入されていたんだもーん。図書館だとどうなってるかな。ふふ。付いてないんじゃない
かなー。くくく。


それにしても坂木さん、今回も最高の作品を届けてくれた。いや、これはマイベスト「青空の卵」を
凌ぐ。痛烈で弱々しい中にわずかに光る人間の温もりを見事に描いたものの、シリーズ作品としては
まだまだ完成しきれないものもあった引きこもり探偵。キャラも設定も違うが、本作は明らかに
「その後」だ。その意味では『切れない糸』も「働く喜びシリーズ」として素晴らしかったが、
本作はさらに小説家の技量としても上回る。

キャラの完成度がまず高い。短気ですぐ切れる元ヤンが、慣れない宅配便業務で汗を流す姿。
時折、配達時にホストで染み付いた習性が出てしまうのも愉快だ。私は仕事の文句ばかり言う人は
好きではないが、それは仕事にやる気のなさが反映されている人間の場合だ。
進君の「お母さん」キャラも最高。料理うまっ(笑)。「みんな、もうちょっとちゃんとした方が
いいよ」。なんてキツい、当たり前の言葉。ませている割に、大和に「モテ道」を教授して
もらったりするギャップも可愛いじゃないか。
そうそう、頭が良くて、優しくて、マメで、きちんとしていて。そんな人間の美点を兼ね揃えている
男はなぜかモテないんだよねー。わかってるじゃないか坂木さん^^。


そして、「元ホスト」という設定が無駄になっていない。ただの過去でなく、きちんと
物語の中に「父親として」「宅配業務員として」それが効果を発揮しているのだ。
さらに、物語の要である「父と子の心の疎通」に、この二つの職業が見事にマッチしている。
大和と進の夏休み。その為には、大和の専用車はリヤカー(^^;)でなければいけなかったし、
ホストクラブで得た彼の人脈は必要不可欠だった。



ところで褒め殺しなのは私はあからさまに坂木司氏の大ファンだからです。
「ああ、あんな遠い所に温かくて楽しそうな場所がある」と思って近づいてみれば、
触れるとただの映画のスクリーンであった事がかえって救われた気持ちになる。
作り物とわかっているから、羨ましいという感情が発生しない。このバランスは他の作者では
味わえない、リアリティのなさが優しい、それが自分のささやかな楽しみの一つ、坂木さんの本だ。
だって、この物語に書いてある感情の全て、それだけは本物だから。

情けなくてもこの作者の批判だけは誰からも聞きたくない。
大好きだ。