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饗宴 -ソクラテス最後の事件-  (ねこ3.8匹)

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柳広司著。創元推理文庫

ペロポネソス諸国との戦争をきっかけに、アテナイは衰微の暗雲に覆われつつあった。そんななか、
奇妙な事件が連続して発生する。若き貴族が衆人環視下で不可解な死を遂げ、アクロポリスでは
ばらばらに引きちぎられた異邦の青年の惨殺死体が発見されたのだ。すべては謎の<ピュタゴラス
教団>の仕業なのか?哲人ソクラテスが、比類なき論理で異形の謎に挑む!(裏表紙引用)



最近なんとなくはまっている柳さん。1冊目「百万のマルコ」で相当の実力派である手応えを
感じたが、やはりハズレがない。歴史上の人物を探偵役に据えるという手法をどれもとっていながら、
そのたびに新鮮で飽きのない驚きを与えてくれる。
前回「はじまりの島」で『翻訳物ぽい』と書いたが、こちらを読めばアニスさんのご指摘通り
意図的なものだと言う事がはっきりする。本文に注釈をつけ解説を挿入するあたり(資料からだろうか)
狙ったもの、というよりは作品の性質上、必然的なものであろう。こういう所も自分には
国産もの、翻訳ものにはない斬新さを感じてしまう。「偽翻訳物」とはきっとまた全然違うのだ。


歴史を忠実に踏まえた上で、さらにソクラテスを主人公にする設定がこの作品でもまた生きている。
設定を奇抜に、ミステリとしてのネタを刺激的にしている「だけ」の作品なら他にいくらでもあるが、
本書は謎解きの論理として、設定にある宗教の心理的な、時代的な「お国柄、風俗」の仕組みとして、
見事に融合している。物語として読むにも、犯人を指摘しトリックを解明するそのスタイルが
探偵小説としてスタンダードなのが読者にとって馴染みやすいのが功を奏しているのがわかる。
人間心理に深く訴える、身体を張ったこの探偵役の最期はドラマティックで柳さんらしい。


魅力的な謎が最後には解かれるのはミステリなら当たり前だ。
謎を解くソクラテスが無粋であるような言葉を登場人物に語らせる場面があるが、この謎に論理的で
現実的な理由がある事を知りたくない読者ならこの作品は不向きだろう。
謎の提示と謎の解明。どちらも美しい作品ってあまりないと思うのに、この知名度の低さは
つくづく残念だねぇ。