すべてが猫になる

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魔球 (ねこ4.8匹)

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講談社文庫。

季節は春の選抜高校野球大会。開陽高校は、エース須賀武志を率いて甲子園初出場なるも
最後の須田の一球を最後に敗北した。あれは渾身の魔球だったのか?
やがて、須賀のパートナーである捕手の北森が愛犬と共に刺殺体で発見されるがーー。


薮から棒だが、私は野球というスポーツが苦手である。
自分は生物学上女性なのでここで言う苦手、とはもちろん「野球観戦」を指す。
馬鹿にしてくれて結構、ながしまという人が何をした人なのかも知らない。三塁がどっちなのかも
知らない。ファールって何だ?裏ってなんだ?サヨナラって何だ?ボールって何だ?私の
精一杯の知識と言えば、「のも」という人が野球選手だと言う事がわかるくらいだ。

そういうわけで、出だしは目が点になった。野球の試合シーンである。
私にはとても日本語とは思えない野球用語がページいっぱいにはじけている。
やばい。この本はスルーか?といやな汗が流れ始めた。
が。最初だけだった。その時の安堵感!

・・・。
こんばんはみなさん、最近めっきり前置きが長くなったゆきあやです。



こんな素晴らしい、人間を描き抜いた小説だとは夢にも思ってなかった。
体裁はミステリーだが、これは非常に卓越した、秀逸なヒューマンドラマだと思う。

須賀武志という、家族の為を想い、一般人には想像もつかない努力を重ねる少年。
プロは就職だと断言し、学校の野球仲間と一線を画し、若くして自立心を持つことを
余儀なくされた彼。その彼にコンプレックスを抱きながらも、武志の弟であることを
誇りに思い、兄と風貌が似ている事を喜び、学業に専念する弟、勇樹。
彼らをとりまく野球部員達の確執。教師達の煩悩。

なんという皮肉な運命、展開なんだろう。
犯人の行動も心理も決して正しくはないが、そういう問題じゃない。そもそも、
間違っていると誰が言えよう。
注目すべきは、東野氏の一人の人間の人格を克明に描くこの手腕である。
読んでいくうちに、「彼(彼女)ならそう思っただろう」「そうしただろう」と、
読者が勝手に人物を一人歩きさせてしまう。
生きた人格を作り上げてしまっているのだ。
私にとって、彼(彼女)はもうそこにいる人間だった。
そんな小説に、「共感できるほにゃらら」とか「人間として納得のいくなんとか~」なんていう
言葉はしゃらくさいのだ。

そう考えれば、『容疑者Xの献身』もそうだったんじゃないか?(独り言)

こんな初期作品で(これが実質的な第一作目って本当ですか?)これだけの才能を持つ
東野氏。。。今までも「凄い」と思っていたが、「もっと凄い」と認識を改めなければ。。
思えば、
『十字屋敷のピエロ』でその雰囲気によだれを流し、『白夜行』で筋肉痛になりながらも
最後まで読み通し、『秘密』でその結末に身をよじり、『仮面山荘殺人事件』で
トリックに拍手を贈り、『ゲームの名は誘拐』ではあまりの面白さに同僚に本を押し付け、
パラレルワールド・ラブストーリー』では愛と友情の繊細さに枕を濡らし、
どちらかが彼女を殺した』では加賀刑事に一目惚れし、『ある閉ざされた雪の山荘で』では
その斬新な設定に膝を打ち、
『時生』ではラストシーンに胸を締め付けられ大粒の涙を流した。(長い長い。え?『卒業』が
抜けてる?^^;)
その傑作群の中で、私はこの『魔球』をベスト1に挙げたい。

蛇足ながら、本当は「ねこ5匹じゃ!」という勢いだったが、今後もしやこれを上回る。。と予測、
そしてダイイングメッセージがもうちょっと何か、、という点があった事を考慮して、
敢えて今日はねこのヒゲ1本分くらい減点しておく。