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失はれる物語 (ねこ4.3匹)

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角川文庫。

今まで角川スニーカー文庫で出版した作品から選りすぐりを5編と、「乙一オリジナルトランクス」に
印刷されたショートショート1編(なんだそりゃ)と、書き下ろし1編が収められたベスト短編集。

乙さんは全部(ラノベ以外)出たら買ってたんですけど、これだけはなぜか文庫化の今になって初めて
読みました。スニーカー文庫の乙さん作品はちょっと苦手だったのと、私なぜか
小さめのソフトカバーの本って好きじゃないんですよねー。

前置きはさておき、いやはや、すんばらしい作品ばかりでしたよ。
ファンの贔屓目ではなく、さすがベストというかハズレなしの良質な物語の詰め合わせ。
乙さんならではの「黒さ」はやっぱり薄めなんですけどね。
私はどちらかと言うとブラックな方の作品が好きなので、ノリにくい面もありました。
あと、スニーカー文庫ということで、読みながら「対象年齢の低さ」をやや感じました。
あまりそういう違和感は今まで感じた事がないので、「スニーカー文庫」という箱に
自分がとらわれていたかどうかは定かではありません。

では、それぞれ感想を。

『Calling You』
クラスに馴染めない、他人と会話をすることに恐怖を覚えている少女。頭の中の携帯電話に
実際にかかってくるという発想はいいですねえ。現実で、同じ悩みを抱えている人間が
いるとすれば、、彼らにはこういう空想の電話というヘルパーはいないですよね。
この物語を読むことで、主人公と同じくらいのパワーが得られればと思います。

『失はれる物語』
事故により、全身不随のうえ五感のすべてを奪われた青年。意識はあるが、動かせるのは
右手の皮膚感覚のみだという。彼の一人称で、彼の心情や身の回りの状況が動く物語。
毎日お見舞いに来ては、彼の右手の上でピアノ曲を演奏し、日々の想いを伝える妻。
どうしようもないほど切なく、やりきれないお話です。
この結末、お話の流れは完全に乙さん本領発揮ですね。一番の傑作じゃないでしょうか。

『傷』
問題児の少年2人。友人のアサトは、他人の傷に触れることで傷を自らに移動させる能力を持つ。
顔に傷のある、シホという女性の存在と行動が生きてますね。
彼らに足りなかった愛情は、友情という形で補われたのでしょうか。ええ話や。。大好きです。

手を握る泥棒の物語
旅館の壁に、裏側から穴を開けて、伯母のお金を盗もうとした青年が遭遇したピンチ。
オチは読めるんですが、時計の仕事をするようになった動機のくだりがキマしたね、私。
ベタで泣けるのに弱いんです。

『しあわせは子猫のかたち』
これ、以前読んだ事あるはずなんですけど、見事に銀河の彼方でした。
あれ?今読むと面白いぞ?^^;
後半はミステリー。少し、「暗いところで待ち合わせ」とオーバーラップしました。

『ボクの賢いパンツくん』
わずか4ページのショートストーリー。トランクスに印刷って^^;キャンペーン商品らしいです。
面白かったですよ。絵本で読みたい。

『マリアの指』
ちょっとブラックなミステリーですね。一番長いお話です。
これはそれほど私は^^;読後感の良くないお話ですが、お話の終結の仕方で救われる感じです。

『ウソカノ』
一番好きと言っても過言ではなかったのがこのつけたしのように収録されたこれ。
擬似彼女、いじめという設定から、人生の真実までを描き切ったと感じました。
これがもし、少年の未来から語られたものだとすればこれほど素敵な物語はそうそうないと思う。


二度書きますが、ハズレなし。まるで宝石のような短編集です。
私は表題作のような作風のものの方を本来評価しているのですが、本書は未来へ前進していく
結末のものが多いです。自分のスタイルを確立しながら、それこそありとあらゆるジャンルが
乙さんにはお手のものなのですね。