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撓田村事件 ーiの遠近法的倒錯ー (ねこ3.9匹)

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小川勝己著。新潮文庫


岡山県の山間の集落・撓田。東京から転校してきた中学生が惨殺され、連続猟奇殺人事件の
幕が上がる。犠牲者は皆、土地の権力者・朝霧家の関係者。遺体の下半身は、噛み千切られたような
傷を残して失われていた。惨劇は、三十年前に撓田を震撼させた忌まわしい出来事の再来か、
あるいは朝霧家への復讐なのかーー。(裏表紙引用)


最近すっかりどはまり中の小川氏。書庫作成の日もきっと近い(腕まくり)^^。
読むのは3作目だが、この作家の引き出しの多さには驚かされる。本作は、横溝正史への
オマージュを込めた作品ということで、なるほど、「それらしい」現代の本格ミステリとして
成功している作品だろうと思う。

「それらしい」と先に表現したのは、別に嫌味ではない。二番煎じと言われる前に「オマージュ」と
いう形式にしたのもうまい逃げ口上か?と思ったのもほんの最初だけだ。
文章力や、正史の「あの時代」だからこそ息づくオリエンタルな雰囲気と、トリックの秀逸さで
正史のそれに敵うわけがない。

「パロディ」の形を取ったからこそ、作者の独特の個性と魅力がはみ出して光ってしまう。
この作家は、何を描いても「小川勝己」の小説になるのだろう。
ちょっとした登場人物の些細なエピソードに、異常なリアリティを出すこの感性はすごい。
正直、前半は登場人物が多すぎて名前を覚えるのに必死だったが
時折はさまれるこういう「人間のいやらしさ」が、私にこの長い物語を読む手を止めさせなかった。


しかし、一つはっきり残念だったと言える点があった。
探偵役である。私、なんと半分読むまで「金田一役」が誰だかわからなかった。
個性がないんじゃない。むしろ、ありすぎて引くほどだ。
変人に設定するのはアリだとは思う。
しかし、探偵役、物語のヒーローである以上、変人なだけでいいわけがない。
周りに「何だこいつは」と煙たがられながらも、「え、ちょっと、この人頭いいんじゃない?
いやいや、まさかね」と思わせるような小さなエピソードの一つや二つは絶対必要だったと思う。
味付けやトッピングはご自由な発想で、でも生地は基本を守ってね、て感じか。
まだ言うが、性格がころころ作中で変化するのもどうかと思う。
智明君が可哀想になったのは私だけか?

小川氏には、安定したシリーズ物でなく、前述した氏の長所を生かせる単発ものを常に希望したい。
こういう作家は、連続読みしても飽きないし、一定したレベルの作品ばかりと見た。
技術的な欠点を修正して行けば、そのうち本屋に「小川勝己フェア」なんてコーナーが出来るのも
夢ではないと思う。