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長い長い殺人 (ねこ3.6匹)

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光文社文庫

10個の「財布」が語る、持ち主の行動、その心理。刑事の財布から始まる
あるひき逃げ事件から、保険金がらみの重大な連続殺人事件へ。事件の真相は、
さまざまな人間が長い年月で絡み合い意外な展開を見せるーー。


むむ!「吾輩は財布である」ってやつですね。猫ならともかく、生命体でない
「財布」に物語を語らせるとは面白すぎる。出だしで結構べっくらしましたよ。
しかも、関係者それぞれの財布の視点、と章ごとに事件を通して語り手が
変わって行く。さらに、その財布それぞれに個性、人格があり、性別まである(笑)。
事件そのものは平凡なのだけれど、「財布」の持ち主への優しさ、心配りを
絡ませ、財布の立場から物語を語らせる事によってこんなに新鮮なものになるのか。

凄いな、と思ったのはこの設定だけではない。
ここが宮部氏ならではの手腕だと感心したのだが、きちんと「財布」であることが
生きているな、と思った。普通なら、設定が面白いだけで内容が薄っぺらかったり、
「財布」である必然性を感じなかったりするもんだ。
心臓の動悸を感じたりする。ポケットから落ちたりする。ハンドバッグ越しに
手の震えを感じたりする。膨らんだり異物を入れられたり、盗まれたり。
物語を動かすアイテムとして機能しながら、登場人物の心の動きや悩みまで
表現しているのは見事としか言いようがない。

欲を言えば、やっぱり事件と真相の平凡さか。別にこれはこれで良かったとは思うが、
重要な登場人物であったある二人の人間の財布を登場させて欲しかったな。
またしてもこれはこれでいいのだが、彼らの人物像が他者から見たものであるため、
少し不満が残った。これは宮部氏には難しい注文ではないと思う。