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蟬かえる  (ねこ4.6匹)

櫻田智也著。創元推理文庫

全国各地を旅する昆虫好きの心優しい青年・魞沢泉(えりさわせん)。彼が解く事件の真相は、いつだって人間の悲しみや愛おしさを秘めていた──。16年前、災害ボランティアの青年が目撃したのは、行方不明の少女の幽霊だったのか? 魞沢が意外な真相を語る表題作など5編を収録。注目の若手実力派が贈る、第74回日本推理作家協会賞と第21回本格ミステリ大賞を受賞した、連作ミステリ第2弾。(裏表紙引用)
 
昆虫マニア・魞沢泉シリーズ第2弾。前作「サーチライトと誘蛾灯」がとても良かったので文庫化を楽しみにしていた作品。確か一昨年くらいのランキング本でもベスト3に入っていたので、第2弾だと知らずに読んでしまったという感想を各所で見た。が、前作を読んでいなくても特に問題はないと思う。1人だけ「これ誰?」ってなると思うが説明もあるし前回の事件と今回のお話とは関連がないので。
 
「蟬かえる」
昆虫探しで山形県の西溜村に来ていた魞沢と非常勤講師の鶴宮は、山中で知り合った青年から15年前に震災で行方不明になった少女の幽霊目撃譚を聞かされる。閉鎖的な村の因習に対する違和感が少女たちに与えた影響を思うと息苦しい。少女消失のトリックとある人物の意外な正体など、一作目からグレードが高い。
 
「コマチグモ」
団地の一室でテーブルの角に頭をぶつけ昏倒した女性と、なぜか現場から逃走し近くの交差点で営業車に轢かれていた娘。魞沢と娘とのトンボやコマチグモに関連する交流のシーンが印象深い。現実の母娘愛が、残酷な習性という動かせない事実を上回り、いい気持ちで読み終えた。
 
「彼方の甲虫」
クネト湿原のある久根戸村でペンションを経営する知人から招待を受けた魞沢。ペンションにはアルバイトの男性が二人と、中東から来た大学生(アサル)の客がいた。決まった時間に太陽が昇る方向へお祈りを欠かさないアサルが翌朝遺体で発見され、容疑はペンションの人間に向かったが…。ペンダントやお祈りの習慣から真相を導き出す魞沢。これはやりきれないお話だった。実際にこういう人間はいるのだろうが、どんな理由があれどその憎しみを個人に向けるのは間違ってる。
 
「ホタル計画」
魞沢が出てこないので「??」と思っていたがなるほど、そういうことか。サイエンス雑誌の編集者と、投稿常連の中学生が行方不明になったライターを探して三千里。教授の変死事件と交わって、物語は意外な方向へ進む。ミステリー的な仕掛けもあり、自然界への警鐘もありと読みごたえのある一作。
 
サブサハラの蠅」
魞沢の大学時代の同期、医師の江口がアフリカから帰ってきた。交流を再開した二人だが、江口にはアフリカで体験した壮絶な物語があった。アフリカ睡眠病のことや、なぜ薬の開発が進まないのかなど、ほとんどの日本人が知らない事実があることに衝撃を受けた。江口が持ち込んだハエやその目的など、もしこれが実行されていたらと背筋が寒くなる。とてもやりきれない重みのある作品だった。
 
以上。
参った。前作を上回る出来だと思う。一作一作読み終わるたびに、「はああ~っ」っと息をついてしまう。文章の吸引力と魅力的な舞台設定と不可思議な謎の数々、主人公魞沢泉のすっとぼけたキャラクターや彼の言葉選びの繊細さや優しさ。装丁やタイトルの軽い雰囲気からは想像もつかないような、深みのある人間ドラマと優れたミステリー。悲しみや情愛、切なさなど人間とは切っても切れない感情を、昆虫の世界とリンクさせ独自の世界観に作り上げている。どれが特に良かったかと聞かれたらどれも良かったとしか言いようのない、死角のない素晴らしい作品集。