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畏れ入谷の彼女の柘榴  (ねこ4.5匹)

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舞城王太郎著。講談社

もう半年以上触れていない妻に赤ちゃんができた。どういうことだ!?「ピー」で光る息子の指。命が落ちたのは夫婦の谷(「畏れ入谷の彼女の柘榴」)。西暁には子守り上手の猿と、子供に悪戯するカニがいる。「人を愛せない」らしい俺が人を探す中、人の行かない場所で見つけたものは?(「裏山の凄い猿」)。人の形をした「心残り」がやってくる、特別なわが家。でもずっとそこで育んだ「正しさ」の中でじっといてるわけにはいかないんだよ、ブラザー!(「うちの玄関に座るため息」)(紹介文引用)
 
「林檎」「檸檬」に続く、舞城さんの新刊。3編収録。
久々の新刊にテンションが上がり、読みやすさと面白さも手伝って一気読み。薄いので2時間もかからないんじゃないかな。
 
「畏れ入谷の彼女の柘榴」
これぞ舞城作品という感じ。半年以上、行為どころか触れてもいない妻が妊娠した。4歳になる息子は、妻の身体に赤い光が入っていったと言うが…。
浮気はしていない、あんたが旦那なんだからあんたの子じゃないか、と全く話の通じない妻。生命を軽率に考え、息子にもその影響が出始めていることを危惧した男は開き直った妻をとことんまで追い詰める。理路整然と妻を言い負かしていくうちに、全生命、関わった子どもたちに対する責任と大きな愛が男に生まれるものがたり。
 
「裏山の凄い猿」
西暁町で結成された子ども見守り隊。その存在に疑問を投げかける青年が、行方不明となった男の捜索を別角度から始める。町には、人語を話し子守りをする猿と人体に苔玉を入れるカニがいるというが…。
26歳の男は、友人に言われた「正しいけど優しさがない」という言葉を過剰に気にしていた。両親からも、息子を愛せなかったと打ち明けられる。自分は本当に人を愛せないのか、その答えを知るために取った行動。それが他人のためになったかどうかは分からないが、少なくとも自分の中にある愛に気づくことが出来たというお話。
 
「うちの玄関に座るため息」
智英の家は、裏山の巨人が穴に岩を埋めてそのあとに建てたものだという。なので、人の形をした心残りがやってくるのだ。
この怪物?の存在自体は問題提起のために配置されている感じ。智英も、兄も、後悔しないように生きてきた。しかし、その後悔は正しいのか?兄弟同士や兄の恋人も交え、議論していくうちに「失敗」「後悔」の真実にたどり着く。後悔したくないというよりは、面倒から逃げたい、だった気がするな、この兄は。感動的な結末で良かった。
 
以上。
 
倫理観や優しさを持ち合わせない人の前では言葉がこなれるという部分が言い得て妙だと思った。これぐらい相手と向き合わないと何も生まれないんだろうなあ。どのお話に出てきた人物にも、正しさや屁理屈の陰に隠れた人としての冷たさを感じる。そうじゃないだろ、人間ってもっとグレーで複雑なものだろ、それよりも愛だろ、という一貫したメッセージがどのお話でも光っていた。まあそんな小難しいことは本当はどうでもよく、とにかくただただめちゃくちゃ面白かった。