すべてが猫になる

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悪の芽  (ねこ3.7匹)

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貫井徳郎著。角川書店

犯人は自殺。無差別大量殺人はなぜ起こったのか? 世間を震撼させた無差別大量殺傷事件。事件後、犯人は自らに火をつけ、絶叫しながら死んでいった――。元同級生が辿り着いた、衝撃の真実とは。現代の“悪”を活写した、貫井ミステリの最高峰。(紹介文引用)
 
う~~~~ん。。。。
いや、動機………………。
 
事件の関係者がかわるがわる語り手となって登場する構成なのだが……それぞれが尻切れトンボになってしまっているぜ………。。
 
まずは銀行員の安達。40代となり、妻と子どもと立派なマイホームを持ち成功者の階段を上がっていた。それがパニック傷害になるほど、自分が過去に犯したイジメに対して懊悩する。しかし動機を知りたいと奔走する姿が「自分が原因ではない、という確信が欲しい」一点に絞られていた感が否めない。息子を苛めていたのは自分ですといきなり訪ねてこられる両親の不快感や、一人暮らしの女性が男性に家を訪ねられる恐怖というものを想像して欲しかった。妻が絵に描いたような良妻賢母で、この作品の唯一の良心と言っていいかもしれない。だが、それも安達の手にかかると、賢い女=自分の都合の悪い時はそっとしておいてくれ、話したい時は黙って聞いてくれ、さらにアドバイスもくれる、男にとって非常に都合のいい女のことなのかと思えてしまった。幸せな人間ほど、今の生活を失うことに臆病になるということだろう。
 
そしてイジメ主犯格の真壁。彼も自分らしく幸せを掴んだようで何よりだが、主犯格のくせに安達ほどは心を揺さぶられていないように見える。別に小学校時代の罪を一生地べたを這いずり回って償え、とは思わないが…。こんな父親に諭されてこんな都合良くいくものかな?クラスメイトに「イジメをすると、大人になってもイヤな思いをする」と伝えたらイジメがなくなった、って中学生日記じゃないんだから。。
 
ニコン事件現場に遭遇し、その動画を拡散させた大学生・壮弥。大学内で注目を浴びる存在となる。コスプレ趣味の女性と友人になり、恋をする。彼女の気を引くために、犯人が通いつめていたというキャバクラに潜入、動画を公開したが…。周りで誰もが壮弥を非難しないことに違和感があった。それは読者に委ねられているのだろうか。コスプレのくだり、あんなに長々とページ数いるかな。。まあともかく、キャバ嬢の顔や名前を晒せばその人がどうなるかを考えられないその想像力のなさに震えがきた。コスプレ女子が常識ある人で良かった。完全に振られただろうな。
 
娘がアニコン事件の犠牲者となった主婦の厚子。いやいやいや、小学校時代に犯人を苛めていた人間を探し出して尾行して復讐しようとするっておかしいだろ。。犯人がいなくなったのなら、普通はその憎しみって犯人の親に行くと思うけど(それが正しいかはともかく)。。それよりもザ・昭和の価値観しか持たない夫にイライラしたなあ。息子も「黙って飯だけ作ってればいい」なんて、25歳にもなってこんなクズに育っちゃって…。でも厚子見てたらイラっとする気持ちも分からなくもなかったりする。結局夫婦仲はこじれたままだし、息子もあのままだろうしモヤモヤが残る。
 
だいたい以上がメインの登場人物。
 
相変わらず読む手を止めさせない面白さで、半分一気読みした。しかしテーマが散漫で、もったいなく感じる。SNS社会の恐ろしさ、想像力の欠如、職業差別、貧困問題、被害者側の思考停止。それぞれのエピソードが中途半端なためせっかくのいい問題提起が物語の不満に埋もれてしまった印象。
 
 
以下、犯人の動機についてネタバレ。
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
不自然すぎる動機だった。まったく論理的ではない。お金を大量に使う趣味がある人種は別にアニメファンだけではないだろう。美術品、アイドル、鉄道、ファッション、多数あるはずだし、そんなお金があったら病気で苦しんでいる子どもに寄付しろ、とは暴論もいいところだ。犯罪者にもいいところがあった、を表現するのに「寄付」というのも単純な気がする。自分の不遇を全部他人や社会のせいにして逆恨みしている、それでなぜいけないのか。やはり大量無差別殺人犯に血肉ある動機、というテーマに無理があったのだと思う。