すべてが猫になる

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すばらしい新世界/Brave New World  (ねこ4.6匹)

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オルダス・ハクスリー著。大森望訳。ハヤカワepi文庫。

すべてを破壊した〝九年戦争〟の終結後に、暴力を排除し、共生・個性・安定をスローガンとする清潔で文明的な世界が形成された。人間は受精卵の段階から選別され、5つの階級に分けられて徹底的に管理・区別されていた。この美しい世界で孤独をかこっていた青年バーナードは、休暇で出かけた保護区で野人ジョンに出会う。すべてのディストピア小説の源流にして不朽の名作、新訳版!(裏表紙引用)
 
「一九八四年」に並ぶディストピア小説の名作。
 
舞台はロンドン、フォード紀元632年。世界は「孵化条件づけ」による受精卵管理により共生・個性・安定をスローガンとした善良で幸福なメンバーが形成されていた。たとえば熱帯で働く胎児は冷気が与えられると不快になるように、パイロットになる胎児は瓶を定期的に回転し、下層階級の胎児には花や本を嫌うように電気ショックを与える、などの訓練を施す。人間は自分の仕事を好んでやるようになり、年を取っても性欲や気力、体力、外見は衰えず、60歳で死ぬ。気分がふさぐときは「ソーマ」という薬を飲めばたちまち元気。人間がまさに理想としてきたユートピア
 
そんなすばらしい世界にも、条件付けがうまくいかず、上流階級にも関わらず悶々と悩み生きる青年が1人いた。青年バーナードはレーニナという女性と共にニューメキシコの野人保護区を見学するが、そこで出会った野人ジョンはかつて所長と生き別れた女性が生んだ子どもだった。やがてバーナードはジョンと母親を連れて新世界へ戻るが…。
 
 
今まで読んできたSF小説の中でも一番読みやすい本だったと思う。訳のおかげかもしれないが、これが90年前に描かれた作品とは信じがたい。衰えない身体、血縁や1人の交際相手に縛られない軽い関係、辛くない安定した仕事。。人間が望むことはいつまでも普遍だということか。父と母という言葉が猥褻語だというくだりには笑ったが。。
 
さて、どうだろう?タイトルが皮肉だということは読む前に分かるし、生の目的が本当に幸福の維持それでいいのだろうかという問題提起もそれはそれで分かる。だからこそ、ジョンの最後の選択は意見が分かれるところだろう。いやいや、文明か野蛮の二択しかないのか(作者も後になってそれは気になったらしい)?と疑問にも感じた。いや人生の意義ってそうではないんだ、努力や失敗、人情から離れて人間らしい暮らしは出来ないんだというメッセージも含んでいるのだろうが。どちらを是とするかは自由だが、ソーマ(多分麻薬だろう)に頼り少しの不安で人間関係を反故にするそれがまかり通る世界、金と労力使って案外たいしたことない。ジョンの名セリフ「ぼくは不幸になる権利を要求する」がすべてだろう。
 
というわけで評判通りの名作だった。終始ユーモラスで軽い筆致の作品なので、海外ものやSFが苦手だという人もサクサク読めるんじゃないかな。ジョンのセリフの半分以上シェイクスピアの引用で食傷するかもしれないけど。。