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ヴェネツィア便り  (ねこ3.8匹)

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北村薫著。新潮社。

ヴェネツィアは、今、輝く波に囲まれ、わたしの目の前にあります。沈んではいません。――あなたの「ヴェネツィア便り」は時を越えて、わたしに届きました。この手紙も、若いあなたに届くと信じます――なぜ手紙は書かれたのか、それはどんな意味を持つのか……変わること、変わらないこと、得体の知れないものへの怖れ。時の向こうの暗闇を透かす光が重なり合って色を深め、プリズムの燦めきを放つ《時と人》の15篇。(紹介文引用)
 
北村さんの、多種多様なジャンルの作品が収められた短編集。15編から成っていて、色々な北村作品が楽しめた。ちょっと量が多いので一つずつは紹介できないが、わずか1ページの掌編から、ホラー仕立てのものや文学的なテーマに沿ったものなど、読者それぞれ好みが分かれそうだ。
 
どれも良かったという前提だが、印象深かったものはまず「誕生日 アニヴェルセール」。双子の弟として生まれ育った青年が、病魔に侵され自分の名前の由来や誕生日の秘密に気づく。こういう死に方もありだろう。「くしゅん」は、夫が冷たくなってしまった妻の寂しさを、「白い本」は自分に優しくする自分というものの寂しさを読まれなかった古書に投影している。長年連れ添った夫婦関係を描いた作品も多く、中でも「道」で描かれた「与えれば与えられる」精神は良かった。「指」のようなファンタジー作品、「開く」のようなホラー作品、「岡本さん」のような現代的SF、それぞれ怖さの中に切なさがにじみ出る。こういう北村作品は珍しいと感じた。優しいだけじゃないんだな。特に「黒い手帳」の元担任のネチっこさにはムズムズした。人にもらった自作の本を売ってはいけない。表題作の、未来の自分へ、過去の自分へと綴る手紙もロマンがあって素敵。
 
こうして思い出しながら書くと、結構どれも印象に残っている。北村作品のファンなら押さえておいていいかも。いつもの北村作品とはちょっと違った体験ができる。