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壁の男  (ねこ3.8匹)

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貫井徳郎著。文藝春秋

ある北関東の小さな集落で、家々の壁に描かれた、子供の落書きのような奇妙な絵。 その、決して上手ではないが、鮮やかで力強い絵を描き続けている寡黙な男、 伊苅(いかり)に、ノンフィクションライターの「私」は取材を試みるが……。 彼はなぜ、笑われても笑われても、絵を描き続けるのか? 寂れかけた地方の集落を舞台に、孤独な男の半生と隠された真実が、 抑制された硬質な語り口で、伏せたカードをめくるように明らかにされていく。 ラストには、言いようのない衝撃と感動が待ち受ける傑作長篇。 (紹介文引用)
 
貫井さんは当たり外れの激しい作家さんだが、今作は当たりの部類ではないか。色々甘いところはあるが総合的には読む手の止まらない良作ミステリーに仕上がっていた。
 
栃木県の小さな町が、観光名所として話題になっていた。町の家の壁という壁に原色や鮮やかなカラーの、子どもが描いた落書きレベルの絵が描かれているのだ。ノンフィクションライター鈴木は現地に取材へ赴き、その絵が伊苅という男の手によるものであることを知る。鈴木はなぜ人々はこんな稚拙な絵を壁に描かせたのか?伊苅という男の人生はどのようなものであったのかを調べ始める。
 
時系列に逆らって、鈴木と伊苅に語り手を分散して物語は進んでいく。自分の家に派手な下手くそな絵を描かせるなんて正気じゃない、どんな弱みを握られてるんだ?と思ったし、伊苅が経験した娘の闘病シーンを経てからの妻・梨絵子の行動には不可解としか言いようのない違和感があった。その疑問はやがて氷解するのだが、1つ1つ感じていた違和感が払拭されるのが快感で、さすが貫井さん、見事だと思った。特に梨絵子が母親の悪影響で誰とでも付き合ってしまう(しかも二股)あたりや、伊苅の父親の極端とも言うべき妻への劣等感のくだりは不謹慎かもしれないがゾクゾクして読むのをやめられないほど。まあ、梨絵子の性質については嫌悪感しか抱かなかったし(バレて泣いて謝るのが余計いらつく)、父親が自分の欠点を自覚し謝るあたりは非現実的だなあ、キャラクターが表面的だなあと思わざるを得なかったが…。まあ、ミステリー的な技巧のほうをメインに考えればアリ。最後にまた驚きの真相が待っているのだが、これにもちろん1番驚いた。ああ、そういうことが。だから梨絵子はあんなだったんだ、ちょっと同情すべき所もなくもなかったのね。ちょっとラストが書き足りないようにも思えたが、最近の作品の中では突出して面白かった。