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ままならないから私とあなた  (ねこ3.8匹)

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朝井リョウ著。文春文庫。

天才少女と呼ばれ、成長に従い無駄なことを切り捨てていく薫と、無駄なものにこそ人のあたたかみが宿ると考える雪子。すれ違う友情と人生の行方を描く表題作。男が先輩の結婚式で出会った美女は、人間関係を「レンタル」で成立させる業者だった―「レンタル世界」。既存の価値観を心地よく揺さぶる二篇を収録。(裏表紙引用)
 
朝井さんの二篇収録作品集。
 
「レンタル世界」
短篇。
後輩体質の雄太は先輩の結婚式に来ていた美女に一目惚れするが、彼女は雇われて友人のフリをするレンタル業の人間だった。それは嘘の人間関係だ、そんな仕事は良くないと豪語し本当の人間関係を自分が教えてあげたいと猛アタックする雄太は大学時代の先輩たちとは恥ずかしいところも全てさらけ出し、本当の人間関係を築いている(と、本人は思っている)。気持ち悪い勘違い男の典型のようなキャラクターだが、リアルでもある。
まあ、これはだいたいどう着地するかは誰でも分かるのだが、先輩の奥さんについての秘密は見抜けなかった。せいぜい豪華な手料理が実はケータリングとかそういう程度かと思ってしまったので。
 
「ままならないから私とあなた」
タイトル的に恋愛小説っぽいけど実は友情物語。芸術や人と人との触れ合いに価値を感じる雪子と、物事をなんでも効率、便利で割り切る薫。テーマとしては雪子のほうにメッセージ性を持たせているのだと思うが、薫の言い分も一理あるところはあると思った。名ピアニストの演奏を忠実に表現出来るソフトがあったら、職人の壺を完璧に再現出来るロボットがあったら(実際にあると思うが)。それを見分けられる目が、耳が、私たちにはないと思う。でもあの有名人の超絶うまい演技とか歌がソフトで誰でも再現出来ますと言われても本人じゃないなら誰も観に行かないでしょ。それって結局そこにある「技術」よりも「人」に惹かれているからだよね。雪子がその過程で出会った人を大事に思い、夢には努力をして挑戦したい、成功したいと願っていることが薫にはどうしても伝わらないのがもどかしい。恋をして痩せてしまったり落ち込んでしまったりする気持ちや、面倒だけど友だちの家にわざわざ届けに行くプリントや、資料室に揃っている問題集を一緒に探しに行くその時間を全てムダだ、効率が悪いと切り捨てる薫。ここまで伝わらない相手だと、自分ならもう交流自体が難しいなと思ってしまうけど。薫が執拗と言ってもいいぐらい雪子の夢を叶えようとするところは薫が最も嫌う「感情」ではないのかなあ。本は紙がいいけど電子も使う、ボーカロイドもいいけど弾き語りもいい、スマホが主流になったら写ルンですが流行る、ずるいかもしれないけどそういうままならないところひっくるめて全部人間なんだと思うし。要は相手の価値観や考えを認めて否定しないこと、結局それに尽きる。そういう物語だったのかな。