すべてが猫になる

ヤフーブログからお引越し。

ベーシックインカム  (ねこ4匹)

f:id:yukiaya1031jp:20191028203424j:plain

井上真偽著。集英社

日本語を学ぶため、幼稚園で働くエレナ。暴力をふるう男の子の、ある“言葉”が気になって―「言の葉の子ら」(日本推理作家協会賞短編部門候補作)。豪雪地帯に取り残された家族。春が来て救出されるが、父親だけが奇妙な遺体となっていた「存在しないゼロ」。妻が突然失踪した。夫は理由を探るため、妻がハマっていたVRの怪談の世界に飛び込む「もう一度、君と」。視覚障害を持つ娘が、人工視覚手術の被験者に選ばれた。紫外線まで見えるようになった彼女が知る「真実」とは…「目に見えない愛情」。全国民に最低限の生活ができるお金を支給する政策・ベーシックインカム。お金目的の犯罪は減ると主張する教授の預金通帳が盗まれる「ベーシックインカム」。(紹介文引用)
 
井上さんの新刊はなんと初のSFミステリ短篇集。それが得意分野なのだろうということが十分に分かる作品集だった。
 
まずSFだということで肩肘張って読み始めたのだが、予想以上の読みやすさ平易さに驚いた。今までの作品で1番サクサク読めたかも。なぜならどれも舞台が近未来ながら、テーマは愛情であったり人の感情であったり、題材も我々に身近なものが多かったせいかもしれない。「言の葉の子ら」では北欧系美人の保育士が、最近暴力的になった園児の家庭環境を探るお話だし、「存在しないゼロ」は生活安全部の刑事が経験した殺人事件をペンションで娘に語って聞かせるお話だし、「もう一度、君と」ではVRソフトを家庭で楽しめるようになった時代の夫婦愛を描いているし、「目に見えない愛情」は盲目の娘の手術実現のために父親が奔走するお話だし。表題作は研究室の金庫から通帳がどのように盗まれたかを推理する典型的なミステリー。
 
しかしどれも人間の日常を扱いながら、AIや人体強化、遺伝子工学と絡め意外な真相をドラマチックに導き出す。二転も三転もする展開に騙された快感が必ず湧き上がってきて、しかも誰でも理解できる親切設計。いつもの本格推理ものほどの難解さはないが、今まで見えていた景色が次のページでガラっと変わる手腕にすっかり魅了された。これはオススメ。