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真実の10メートル手前  (ねこ4.4匹)

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高校生の心中事件。二人が死んだ場所の名をとって、それは恋累心中と 呼ばれた。週刊深層編集部の都留は、フリージャーナリストの太刀洗と 合流して取材を開始するが、徐々に事件の有り様に違和感を覚え始める……。太刀洗はなにを考えているのか? 滑稽な悲劇、あるいはグロテスクな妄執――己の身に痛みを引き受けながら、それらを直視するジャーナリスト、太刀洗万智の活動記録。『王とサーカス』後の6編を収録する垂涎の作品集。(紹介文引用)

 


大刀洗万智シリーズが短篇集となって登場。フリーランスとして記者活動をする大刀洗万智4篇と新聞記者だった時代の1篇。

 

「真実の10メートル手前」
シリーズの作風を決めた1作ではないかと思う。ベンチャー企業広報担当者の行方を探す大刀洗と新人記者の物語。経営が悪化し、世間からの批難が強くなってしまった立場の人間を追い詰めたものは――救いがなく考えさせる余地が残るこの作品は、大刀洗の推理力の高さを思い知るにも充分。

 

「正義感」
一際短い作品だが、誤った正義感というものを切れ味良く現せている作品だと思う。大刀洗を一人称にしていないところが成功のカギだろうか。極端な人物に表現されているが、正義感とやらで人を批判している覚えのある者にはキツいお話かもしれない。

 

「恋累心中」
高校生カップルの心中事件を取材する大刀洗。彼らはなぜ別々のところで死んでいたのか、そして死因は――太刀洗がインタビューを重ねるうちに浮かび上がるおぞましい真相。人は保身のためならどこまで残酷になれるのだろうか。想像力の欠如が招いた悲劇だろう。

 

「名を刻む死」
嫌われ者の老人が孤独死した。大刀洗は老人の近所に住む中学生男子と共に取材を繰り返す。自分自身にプライドを持つというのは悪いと思わないが、それが何のためだかを誤解した時にこのような人間が生まれるのだろうか。

 

「ナイフを失われた思い出の中に」
アンソロジーで既読の1作だが内容はきれいさっぱり^^;「さよなら妖精」のマーヤの兄とおぼしき男性と、大刀洗は幼女殺害事件を取材する。ミステリと言えば1番ミステリらしく入り組んだ作品。そのレベルの高さに加え、報道とは何か、その誇りとは何かを大刀洗に問うた貴重な作品でもある。それでもやはり、被害者のプライベートが好奇心の名のものにすっかり暴かれなければ成し得ないことを忘れてはならないと思った。

 

「綱渡りの成功例」
大水害から救出され、大々的に全国にその様子が報道された老夫婦に大刀洗が取材する。暴く必要あるのか?だがこういうことで苦しむ人間がいるということはやはり知るべきなんだろうか?老夫婦がやったことで重要なのは、「それが倫理観に照らし合わせていいか悪いか」のほうではない。


以上。米澤氏の短篇の能力の高さに今回も舌を巻いた。内面をこれでもかと抑えた大刀洗のキャラクターは彼女を語り手にしない場合ますますその神秘性を増す。米澤氏が呼び込みたいのは安っぽい共感ではなく、その揺さぶりにあるのではないだろうか。よくある「○○をよく知る関係者」という亡霊、それは我々の見たいものを見せるための加工だという言葉が真実ならば、我々も胸に手を当ててよく考えてみたほうがいいかもね。