すべてが猫になる

ヤフーブログからお引越し。

メグル  (ねこ3.8匹)

イメージ 1

 

 「あなたは行くべきよ。断らないでね」無表情ながら美しく、奇妙な迫力を持つH大学学生部の女性職員から、突然に声をかけられた学生たち。店舗商品の入れ替え作業や庭の手入れなど、簡単に思える仕事を、彼女が名指しで紹介してくるのはなぜだろう―。アルバイト先に足を運んだ学生たちに何がもたらされるのか、厄介事なのか、それとも奇蹟なのか?美しい余韻を残す連作集。(裏表紙引用)

 

 

乾さん3冊目。読むごとに作風が違う作家さんだな。こちらは綺麗で美しい世界だけれど黒い雰囲気も同時にまとったような、ホラー風味の連作短編集。今まで読んだ中では一番好きかも。

 

「ヒカレル」
四年生の高橋が受けたアルバイトは、お寺の本堂で、一晩遺体の側で寝てもらう、という奇妙なものだった。その町では昔から、死者が生者を「引く」のだという――。不気味でありながら、死者との会話がちょっと滑稽でもあるこの作品が一番気に入った。最初は高橋が死者の孫へ伝えるメッセージが平凡すぎて笑っちゃったぐらいなのだが、その後の展開が刺激的で読後感も良いものだった。

 

「モドル」
父が病気で身体が不自由になり、母はその看護で日に日にやつれていく。そんな家庭環境にある涼子が受けたアルバイトは、病院の売店の品出し。割と簡単な作業だとタカをくくっていた涼子だが――。身体が思うように動かず、家族に当たり散らす父と、その妻と娘。どちらの心情も辛くてやり切れない。なくなった指輪が繋いだ良いお話だが、ラストのオチがちょいと意味がわからなかった。1話目のようなオカルト的要素はなかったし、同じことが同じような人に繰り返される、って解釈でおけ?

 

「アタエル」
どうしてもお金が欲しい高口は、奨学係のユウキが止めるにも関わらず、「犬の餌やり 一日一万円」という破格のアルバイトを受けることになったが――。いつも「あなたは行くべきよ」と言うユウキさんが「あなたは行くべきじゃないわ」と言うのが面白いな。姿が見えない獰猛な犬と、何の肉かわからない餌が怖すぎる^^;;;はっきり全部説明しないところも気に入った。ただ、今までと違い、高口の過去とお話が関係なかったのは残念だなあ。行くべきじゃない、と言うぐらいなら、逆の影響があっても面白そうなものなのに。

 

「タベル」
トラウマにより、人前でゼリーしか食べない橋爪が受けたアルバイトは、ある家で「食事」をするだけ、というものだった。豪華な家で振舞われる豪勢な食事を前に、橋爪には苦痛以外の何者でもなかったのだが――。設定の不思議さはこれが一番かも。メッセージも直接的でわかりやすい。頬スリスリはやめろ~^^;と思ったが、ああそうか、だから登場人物は男性にしたのね。

 

「メグル」
今回は学生ではなく、ユウキさんと同じ奨学係に勤める男性・大橋の物語。なぜか毎回、学生ではなく大橋に回される庭仕事。しかも、勤め先は大崎が借りている借家そのものだった――。三瀬さんという謎の女性と大橋とのやり取りがとても良い。特別な事情がなくとも、こういう草木を愛でる感覚や生きていることの実感は得ていたいものだ。

 

以上。
どれも文章が涼しげで、個性的で良かった。暖かい気持ちにさせるもの、ゾクっとするもの、ホロリとくるものと様々で、作者の力量を感じさせる。注文をつけるとすれば、ユウキさんの事情は最後の最後に全部取っておいて欲しかったかなあ。1話目でもうだいたいわかってしまうので。とは言え、この前に出すぎないサラリとした登場人物の立ち位置があるから作品に統一性が出た気がするので、私の好みに合わせろとまでは思わない。